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『剣遊記11』

第一章  嵐を呼ぶひと目惚れ。

     (1)

 未来亭の敏腕店長こと、黒崎健二{くろさき けんじ}氏の元への、従妹である桃園沙織{ももぞの さおり}の訪問は、本当にひさしぶりの出来事であった。

 

 沙織は帝都東京の大学に籍を置く、現役の女子大生。今回従兄である黒崎に会うため、遠路はるばる日本列島の西の果て――九州までやって来たのだが、実のところ来訪は、これで二度目となる。

 

「東京からよう来てくれたもんだがやなぁ。この前は僕の大陸出張と重なってしもうたから見事なすれ違いになったけど、今回はゆっくり話し合える時間がありそうだがね」

 

「ほんとですわ☆ 健二お兄様♡」

 

 北九州市でも指折りの大型宿屋兼酒場である未来亭。その二階にある店長執務室は真にもって広い面積を有し、天井には豪華にシャンデリアなども設営されていた。そんな風である執務室で黒崎は、事務机の前に置いてあるソファーに身を沈め、滅多に顔を会わせる機会の無い親戚と、仲睦まじい歓談を楽しんでいた。

 

また従妹である沙織も、楽しむ気持ちは同じ模様。黒崎と対面する位置に置いてある、やはりソファーに腰を下ろしていた。おまけに現在、執務室在室中の者は、このふたり(黒崎と沙織)だけではなかった。

 

「店長、コーヒーば持ってきましたけ♡」

 

 店長秘書である光明勝美{こうみょう かつみ}が、トレイにコーヒーカップを四杯載せて持ってきた。ただしくわしく描写を行なえば、トレイは浮遊の魔術で、プカプカと宙に浮いていた。しかも勝美自身がトレイを魔術で浮遊させているのだが、彼女の腕力自体では、持ち上げる行為そのものが不可能であった。なぜなら勝美はピクシー{小妖精}なので、身長が常人の手の平サイズしかないからだ。さらに背中には半透明のアゲハチョウ型の羽根があり、勝美はそれを羽ばたかせて、室内の宙を飛んでいた。

 

「ありがとう、勝美君☆」

 

 すぐに黒崎が、浮いているトレイを両手でつかみ取り、それを対面ソファーの間にあるテーブルに下ろした。

 

 これにてひとり。それから残りのふたりである。黒崎が沙織の両隣りで、やはりソファーに座っている来客ふたりにも顔を向けた。

 

「おふたりには、いつも沙織が世話になっとうがや。今回は賓客として丁寧におもてなしするから、ここではゆっくりとくつろぎたまえ」

 

「はぁ〜〜い♡」

 

「すったげ、うれしいだぁ♡ わたすたつ今回、お客様っけぇ♡」

 

 黒崎の建て前的挨拶言葉に、ふたつの返事が戻ってきた。つまり沙織が座っているソファーの両側には、やはりふたりの女子大生が腰掛けていた。そんな風でいかにも若い感じである右側の彼女は、色白のほっそり体型。仕草は繊細丁寧そのもの。対照的に左側の彼女は背が低く、とてもやんちゃそうな雰囲気を、広い執務室内に振り撒いていた。

 

 しかも左側の彼女は赤い縞模様のTシャツを着ているとはいえ、その両手は鳥の翼――いや、両足も猛禽類のカギ爪であった。

 

 そんな鳥のような彼女が、両方の翼を座ったままの姿勢で、パッと両側に広げた。これにはさすがに広い執務室のソファーの上でも、たちまち窮屈な感じとなった。

 

「浩子ったらぁ☁ いくらお客様でも、わたしは健二お兄様の親戚なのよ☢ だから迷惑かけるような真似しちゃ駄目なんだからね♠♐」

 

「はいはい♡ わかってますっぺ♡ でもさーしぶりに九州まで来たんだし、前回はここの臨時給仕係を勤めただげんが、今度はゆっくり羽根を伸ばしてもええやんべぇ☀」

 

 沙織から些細な注意(?)をされたものの、ちっとも反省の色はなし。代わりにもろ明るい返事。そんな本当に両腕代わりの羽根を伸ばす女子大生――大蔵浩子{おおくら ひろこ}は、今回も超元気な性格を、存分に発揮しそうな調子でいた。

 

「それにしても、ハーピー{妖鳥人}とはなぁ……」

 

 当然ながら黒崎の関心は、ハーピー――浩子へと向けられていた。

 

 人をやれ人間だ亜人間{デミ・ヒューマン}だなどと、決して区別は行なわない――これが黒崎の信条であった。それでも初めてお目にするハーピーには、大いに興味をそそられる思いがしていた。

 

「東京は、ここ北九州よりも遥かに人口が多くて、また多くの種族も集まるからそうなのかもしれんが、沙織の交遊関係も、ずいぶんと多彩なもんだがやなぁ」

 

「え、ええ……♡」

 

「きゃはっ♡ ほんこん珍しがられちゃったぁ♡♡」

 

 沙織が少々顔を赤らめているその真横で、当の浩子が無邪気に翼を羽ばたかせた。軽くパタパタと。

 

「きゃっ!」

 

 小さな体の勝美が吹き飛ばされまいと、事務机の角に、必死な様子でしがみついた。

 

「大丈夫かね? 勝美君」

 

 自分の秘書の無事をうしろに振り返って確認しつつ、黒崎は見たまんまを冷静に考察した。

 

(このハーピーの娘は確か十七歳だと聞いているが……それにしてはずいぶんと、子供っぽいもんだがや)

 

「それと、君のほうは……」

 

 続いて黒崎は、右側の色白な女子大生にも声をかけてみた。

 

 彼女はやんちゃにはしゃいでいる浩子を横目に、先ほど少々喜びの表情を見せたものの、今は自分ひとり冷静な澄まし顔を貫いていた。

 

「永犬丸泰子{えいのまる やすこ}君といったよね。君も聞く所によると亜人間と聞いたんだが、確か……」

 

「はい☆ シルフ{風の精霊}なんだがらぁ♡」

 

 色白の女子大生――泰子が、これまた澄まし顔のまま、黒崎に明瞭な返事を戻してくれた。


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