『剣遊記番外編V』 第四章 邪教壊滅作戦。 (14) 「ほんとビックリしたじゃん♠ わたしがいつもの狩りに出たら、あなたたちが変な連中に捕まってんじゃない♣ これは大変じゃんって思って、わたし一番危なそうなふたりに矢を射ってからすぐ狼になって、無我夢中で飛び込んじゃったわけよ♦」
突然の救出劇に至った経緯を、これまた得意げな口調でのたまう珠緒。彼女は現在、例の(くノ一みたいな)野伏風衣装に戻っていた。
ちなみにこの場は、祭壇が置かれていた原っぱをよく見渡せる、小高い丘の上。説明によれば、珠緒は可奈と美香を見送ったあと、いつもどおりの日課で、狩りに出かけたという。ただし、きょうに限って大型の獲物ではなく鳥を獲る気でいたので、狼にはならずに弓矢を持って――との話である。
「珠緒って、弓もけなる(長野弁で『うらやましい』)くれえ上手なんずらねぇ♥ こんねんまく遠くから敵さ狙って、見事に命中させるさけぇ♥」
可奈の驚き心境も、無理はなかった。実際原っぱが見渡せる場所とはいえ、ここは祭壇の位置から、山ひとつは優に離れているのだから。
ここでさりげなく――ではない。珠緒ははっきりと、自分の腕前を自慢してくれた。
「当ったり前じゃん♡ いくら狼でも、飛ぶ鳥は獲れんもんね♡ だから弓矢を使って狩りしてるうちに、腕がけっこう上達しちゃったみたい♡」
「へぇ〜そぉ〜〜☠」
可奈はなんだか、シラけ気分になった。
そんな珠緒が、改めて可奈に尋ね直した。
「で……あいつらけっきょくなんだったわけ?」
これこそまさに、珠緒の根本的な疑問であろう。なにしろ話で聞く限りでは、彼女は訳もわからず、ただの猪突猛進で、敵陣のド真ん中に飛び込んだ感じであるから。
これを無鉄砲と言わずして、なんと呼称すれば良いものやら。
「さ、さけぇ……これはだにぃ……✍」
可奈は先ほどから続けている説明を繰り返してやった。
「実はあたしもようわからんのやけど、あいつら出来損ないのビホルダーに騙された、インチキ悪魔集団ずら☠ でも、ここであなたが助けにこんかったら、あたしも美香も危機一髪だったとこずらねぇ☁☂ 司祭ってやつも、変な趣味の持ち主だっただにぃ☠」
「そうだったんけー☀ 偶然でもわたしがここに来て、ほんとに良かったじゃ〜〜ん♡」
珠緒が自分の手柄を喜んでか、可奈と美香の前で、ひとり拍手をしてくれた。しかもこの拍手はたぶん、自分向けのご褒美であろう。端から見たら、けっこう変な感じであるけれど。
これに可奈は、表情には出さないようにしての、こっそり舌打ちをやらかした。
(おめってえずらねぇ☠ おじゅうく(長野弁で『生意気』)なんに、借りができちまったずらぁ☠)
そんな本音をごまかす意味もあり。可奈は胸に少し湧いた疑問を、珠緒に改めて尋ねてみた。
「それよりおんし……あいつらみてえな危険でこすい連中があんねんまく山におったのに……今まで知らんかったんずらか?」
「全然☀」
「あ……そ……✊」
珠緒はきっぱりと答えてくれた。それを受けた可奈は、なんだか自分の瞳が、思いっきり丸い点になるような気がした。
本来可奈は、この狼女――珠緒も悪魔崇拝集団の仲間だと勘ぐり、慌てて美香とともに、山から離れようとしていたのだ。
それなのに、珠緒のこの言動と態度ときたら。
これでは可奈の疑心暗鬼が、まるっきり馬鹿のように思えるではないか。
「どうしたんかよぉ? 頭が痛そうな顔してるけどぉ♐」
珠緒が、まるで人を疑うことを知らないような瞳で、可奈を真正面から覗いてくれた。反対に可奈は、半分くやしいような、あるいは自分が恥ずかしいような思いを、密かに胸で抱いていた。
「……いんや……ちっとべぇ本当に頭痛が……☠」
右手で頭を支えながら。
この間美香はと言えば、もちろん今もカモシカスタイル。周辺に生えている樹木の葉っぱなどを、美味しそうにパクパクとつまみ食いしていた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |