『剣遊記番外編V』 第四章 邪教壊滅作戦。 (13) (あ、あたしはここで……こんねんまく幼稚ぃ怪物の子分なんかになっちまうんずらぁ?)
もはや可奈の胸には、無念の思いだけが充満中。そんなときだった。
「痛イッ!」
「えっ?」
一歩たりとも前進後退のできなかった可奈の体が、なぜか急に自由を回復した。おかげで上半身が、思わず前のほうへとつんのめったほど。さらに瞳の前にいるはずのビホルダーに顔を向ければ――だった。
「だから、そいつの眼を見ちゃ駄目だってぇ!」
なんと真っ裸の珠緒が弓矢を構え、ビホルダーの真後ろに立っていた。
「魔術に疎いわたしだけど、この野郎の眼が危ないってことくらい、わたしだって知ってんだからよぉ! だからあなたが言ったとおり、まともに目と目を合わせなきゃいいじゃんかぁ!」
つまり珠緒は、こっそりとビホルダーの背後に回っていたわけ。この際ついでに、狼から人の姿に戻って、先ほど崇拝集団にお見舞いした弓矢を、今度は怪物の背中に向けって放ったのだ。
この手柄はビホルダーがたまたまベテランではなく、一種の半端モノであったことも幸いしたのであろう。とにかく、前方の可奈ばかりに全神経を集中させていたに違いない状態が運の尽き。これが熟練のビホルダーであれば、とてもではないが、この手段は絶対に通用しなかったはずである。
そんな僥倖と奇跡はともかく、背中に矢が突き刺さっているビホルダーが、これにて早くもパニック状態となっていた。
「イ、 痛イ、痛イジャンカヨォーーッ!」
あげくは地面で丸い体型を転がせ、ジタバタとのた打っている有様。子供とはいえ、一応不死の怪物なので、これで致死とはならないだろう。しかし得意であるはずの邪眼も、今はどこか遠くへ吹き飛んでいる感じ。これはやはり、感受性が敏感な、子供ゆえの弱点であろうか。
「ぴいーーっ!」
ここで今まで怖くて動けなかったであろう美香が、ビホルダーに向かって、これまた得意の頭突きを喰らわせようと、今にも突進しかけていた。だけど可奈は、右手を美香の前へと差し出し、彼女の攻撃を止めさせた。
「だちかんだに! こいついくら子供でも、立派な怪物ずら! さけぇお仕置きはあたしがするずらぁ!」
大きく叫んでから可奈は、泣きわめいているビホルダーに、とっておきの火炎弾をお見舞いしてやった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |