『剣遊記番外編V』 第四章 邪教壊滅作戦。 (12) 「さっ、これでほんとに、残ったのはおんしだけだにぃ☞」
「ウウ……☠」
実は弱小と判明した怪物など、魔術の心得を持つ者であれば、それこそ子供でも対処が可能。可奈は舌舐めずりをして、進退窮まっているビホルダーに、一歩一歩と迫ってみた。少々のハッタリも加えてみながら。
「来ルナァ! 来ナイデヨォ!」
ここで司祭にも劣らない見苦しさを、怪物ともあろう者がひけらかしてくれた。巨眼の周囲から伸びている触手を、まるで駄々っ子のように、上下左右にビュンビュンと振り回しながらで。しかもこれで、一応ビホルダーの魔力である火炎弾(極小)や瘴気弾(微小)を辺り構わず撒き散らすのだが、それらはすべて、可奈の防御魔術で見事に粉砕されていった。
「ふつうだったら、おめさみてえな大物怪物さ仕留めたらげいもねえほどの大手柄なんだけど、相手が子供だったら自慢にもならねえだにぃ☠ さけぇ一文にもならねえであたしに面倒さかけさせてくれたこん代償、おんしの体で償っていただくだに♠ それにあたしは相手が子供でも、やり過ぎたガキには容赦しねえ主義ずらよ✌ たとえ少年法が許してもね……うっ!」
だがここで、可奈の前進がピタリと停止した。なぜなら可奈の両目が、ビホルダーの巨眼に捉われたからだ。その巨眼に備えられている魔力と言えば、それはもちろん、邪眼による催眠だった。
「し、しまったずらぁ!」
つい忘れていたのだが、可奈自身も最初は、司祭のニワカ邪眼に一杯喰わされたはず。そのニワカ邪眼も、本家のビホルダーから授かった魔力であろう。
そのビホルダーが、元の笑い声に戻って言ってくれた。
「アハハッ♡ コノボクヲ見クビランデケーロ♐ ボクガびほるだーダッテコト忘レタンカヨォ✌」
「ほんとにやぶせったいずらねぇ♨」
可奈も目一杯の虚勢を言葉で示すのだが、肝心の体が、それこそ一ミリたりとも動かなかった。
そんな可奈を見て、ビホルダーがさらに高い笑いを上げた。
「確カニボクハ、びほるだートシテハマダマダ新米ベエヨ♐ ダケド、邪眼ダケナラモトモト生マレツイテ持ッテル力ナンダカラ、コレナラ修行モ関係ナイジャン✌ トニカクコレデ、簡単ニ人ヲ操レルコトガデキルンダカラ✌ 山賊ドモナンカ全然役ニ立タンカッタケド、キョウカラオマエガ、ボクノ新ラシイ子分ニナルンダカラヨォ☺☻」
「あにこすいこと言うてんずらぁ! あたしは誰の言うことも絶対聞かねえ主義なんだにぃ!」
「ソレモ無駄ナアガキッテモンダヨ♡ コレカラハボクノタメニ、思イッキリ働イテモラウカンネ♡」
「馬鹿んこつこくなぁ!」
くやしさのあまりか。可奈は無意識で歯ぎしりを繰り返していた。だけれどそれこそ、無駄なあがきそのもの。現在歯ぎしり以外、自分で動かせる体の部分が、まったく無いのだから。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |