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『剣遊記U』

第一章  帰ってくる男。

     (8)

 依頼されていた仕事が終了。清美と徳力、孝治と友美の四人(内緒である涼子も含めれば五人)はそろって、北九州市への帰路に着いていた。

 

 今回の山賊退治の報酬は、依頼人である砦の守備官から直接未来亭の店長――黒崎健二{くろさき けんじ}氏の元へ送金され、到着しだい、孝治たちに支払われる段取りとなっている。

 

 従って、金銭の面では、なんの問題も不都合もない――はずである。それなのに帰りの道中、清美はあるひとつの件にずっとこだわり、孝治たちにからみ続けていた。

 

「なして囮{おとり}の娘役が孝治なんね? あたいが本モンの女やっちゅうとによぉ☠」

 

「そ、それはぁ……☁☃」

 

 姐御の文句たらたらに正面から答えられず、徳力がもごもごと口ごもる。

 

 実際、英彦山の村で山賊どもをおびき出す囮作戦が決定したとき、その役目は一も二もなく孝治に決定され、同じ女戦士(?)である清美は、完全に無視をされた格好だったのだ。

 

「ちょ、ちょ、ちょい待ちんしゃい! あたいだって女なんばい!」

 

 などの必死の抗議にも関わらず、砦の衛兵も村の人たち全員も、清美の訴えに耳を貸そうとはしなかった。

 

(仕事は全部うまく行ったとやけど、なんかムチャクチャ後味悪かっちゃねぇ☠)

 

 孝治は街道をゆっくりと進みながら、なんとなくの罪悪感を胸に抱いていた。そこに徳力が、見るからに不機嫌丸出しな清美から離れ、列のうしろを歩く孝治の元へと寄ってきた。それから孝治の右耳にそっと、小さな声でささやきかけてきた。

 

 ドワーフは人間に比べて身長が平均的に低めなので、徳力はかなり無理をして、歩きながらで背伸びをしていた。

 

「……実はあんとき、鞘ヶ谷くんば囮役に推{お}したんは、実はこのボクなんです☁」

 

「うわっち! そうやったと?」

 

 作戦会議で囮役を押し付けられた経緯と顛末は知っているが、その推進役が徳力であったとは、孝治にとっては初耳な話だった。その徳力が、すまなそうな顔をして話を続けてくれた。まさか孝治の心の声が聞こえたわけでもないだろうが、実にナイスタイミングな真相の吐露であった。

 

「だって、清美さんはあげなとおり、血の気の多か人ですけ、山賊が出たとたんに大暴れしだすんが目に見えてましたし……そげんなったらもう、作戦が失敗したかもしれんとですし……☁☂」

 

「……なるほどやねぇ……☄」

 

 孝治は話を聞きながら、きのうの乱闘現場を、頭に思い浮かべた。確かに無傷で捕まえることができた山賊は、ほんなこつひとりもおらんかったっちゃねぇ――と。

 

それから徳力に顔を向け、深いうなずきを返してやった。

 

「ほんなこつ、そんとおりっちゃねぇ♠ でも徳さんもこんこつ、一生清美には言わんほうがええち思うっちゃよ♣ 言うまでもなか、っち思うとやけどね♦」

 

「……承知しちょります☢」

 

 今度は徳力が、深々とうなずいた。

 

 孝治は誇り高きドワーフの出身でありながら、妙に卑屈な徳力を、いつも疑問に感じていた。

 

 いったい、どのような因縁があるのかは知らないが、清美と徳力の関係は相棒同士というよりも、完ぺきなる主従そのもの。それでも健気な姿勢で清美に付き従う徳力の姿には、いつ見ても涙😢を誘うものがあった。

 

 そもそも並みの人間よりも遥かに長寿で、清美よりも――さらに孝治よりもずっと年上であるにも関わらず、ドワーフの徳力がペコペコしている姿は、どのように肯定的に見ようとしても、違和感ありありが明白なのだ。

 

 それはさて置き、このような陰口的会話を交わしていれば、必ず当の本人が現われるものと、それが世の決まり事となっているもの。

 

「なんば承知しちょるって♨」

 

「うわっち!」

 

「あうっ!」


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