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『剣遊記U』

第一章  帰ってくる男。

     (5)

「……ひ、ひはまらふぁ、ひっはひ……?」

 

 孝治の困惑ととまどいなど、とりあえずは関わりがない立場の兜猪であった。そんな山賊首領が、くやしさと敗北の屈辱で顔面の皮膚をゆがませながら、今にも噛みついてきそうな、うなりの声を上げた。

 

「うわっち? ……なんね?」

 

 これに孝治はなんとかして気を取り直しつつ、勝利者による敗者見下し気分で言葉を返してやった。

 

「……た、ただの雇われ傭兵っちゃよ 英彦山一帯ば管轄する砦から山賊退治ば頼まれた、ごくふつうのやね……ちょっと違うかもしれんとやけどね♠」

 

 実を言えば孝治自身も今の自分のセリフに、少々の違和感ありありを自覚していた。しかも完全男調のしゃべり方なのに、白いドレス風のファッションなどと、なによりも完ぺきに女性そのものなのだ。これにより山賊どもから、要らぬ誤解を受ける破目ともなっていた。

 

「あんた……ほんに育ちが悪かったみたいやねぇ☠」

 

「しゃーしぃったい!」

 

 初めの場面で登場した黒ヒゲ男のつぶやきに、孝治はムキになって怒鳴り返した。

 

「ひ、ひくひょう……ほの兜ひのはまが、よりにほよって、ほげな女なんはに負けひまうなんへ……☠」

 

 なにを言っているのかいまいちわからないのだが、続く兜猪の恨みがましい――らしい言葉で、孝治は眉間に、ビビッと血管が浮き上がるような気持ちになった。しかし心中では、『やっぱ、そんとおりなんよねぇ〜〜☠』の自認意識も同時に湧いていた。だからここではあえて、怒りの気持ちを無理矢理的に自分自身で自粛させた。

 

 これも涙😢ぐましい、隠れた努力のひとつなのだ。

 

「と、とにかく……これで終わったんやけ、これでもう帰ろうや☀」

 

「まあ、そうたいね☁」

 

 結果的にやや引きつり気味な思いをしている孝治は、いっしょになって山賊一味と戦った女戦士――本城清美{ほんじょう きよみ}に、任務終了の声をかけた。それと同時に、頭上に向かっても呼びかけた。

 

「おーーい! 友美ぃーーっ! もう降りてきてもよかっちゃけねぇーーっ!」

 

「はぁーーい♡」

 

 すぐに可愛らしい返事が、空の上から戻ってきた。それからまさに、孝治たちの真上から、軽装の鎧を着用した、ショートカットの女の子が舞い降りた。

 

 若き魔術師であり、孝治とは切っても切れない関係にあるパートナー――浅生友美{あそう ともみ}の降臨である。

 

「あ〜〜、きつかったけぇ⛑ いくら魔術の力💪が万能言うても、『浮遊』の術でふたりも宙に上げとくなんち、けっこうきつかこつなんやけねぇ⚠☹」

 

 地上に着地をするなりの、これが友美の第一声。そんな友美を労{いた}わってあげるつもりで、孝治は感謝の気持ちである声をかけてやった。

 

「友美にはいつもすまんっち思いよんばい☺ なんせ、もうひとりの誰かさんは、友美みたい魔術は、ちと無理なんやけねぇ☀」

 

『誰かさんっち、あたしんこつ?』

 

 今度は虚空からいきなり、少々ムクれた感じである女の子の声が聞こえてきた――と、そのすぐあとだった。声の主が体に一糸もまとわぬ姿を、なにもない空間から、まるで幻影のように現出させた。

 

 たぶん友美と同年代。しかも顔かたちまでがそっくりな少女の幽霊――曽根涼子{そね りょうこ}のお出ましである。

 

 その涼子が、どうやら胸の中にでも溜まっているらしいうっぷんを、孝治相手にぶち撒けてくれた。

 

『ちょっと言わせてもらうっちゃけど、あたしかてポルターガイスト{騒霊現象}で人ば空中に浮かべるくらい、簡単にできるっちゃけね! なのに孝治がきょうはやめとけなんち言うとやけ、あたし、涙😢ば飲んで裏方に徹したんやけ! 孝治にこっそり、剣ば渡す役目をやね!』

 

「うわっち! 声が大きか!」

 

 孝治は慌てて右手人差し指を口の前に立て、涼子の文句炸裂を止めさせた。

 

 幽霊である涼子の存在を、清美と相棒の男戦士――徳力良孝{とくりき よしたか}には内緒にしてあるのだ。その理由は、とにかく無用な騒動はごめんこうむりたい――に尽きるのだが、はっきり言って、これは考え過ぎ。杞憂{きゆう}と称しても差し支えないだろう。なぜなら涼子は、自分が心を許している――あるいは気に入っている(むしろこちらのほうが重要⚠)孝治と友美のふたりにしか、自分の姿を見せないからだ。だから孝治の口封じは、逆に火のない所に煙を立てることにもなりかねないものなのである。

 

 孝治も実はこのとき、内心で『しまったぁーーっ!』と後悔をしていた。なにしろふだん、涼子とあまりにもふつうの会話をしているので、つい勇み足で犯した失敗ともいえた。だが幸いにも、清美たちこれには気づいていないご様子。鋭いツッコミが襲ってくる展開にはならなかった。


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