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『剣遊記U』

第一章  帰ってくる男。

     (3)

 一方で、この恐るべき事態の急変に、首領の兜猪は為すすべもなし。ただ呆然と立ち尽くすだけでいた。

 

「……な、なんやっちゅうとやぁ……こいつらぁ……??」

 

「まだ気ぃつかんとけぇ! こん唐変木{とうへんぼく}!」

 

「な、なにぃっ……げっ! き、貴様ぁ!」

 

 呆然としている兜猪に、背後からいきなり罵声をぶち撒けた者。それは彼らから獲物にされる寸前であった、白いドレスの娘だった。しかも娘の右手には、いつの間に手にしたものやら、中型の剣が握られていた。

 

 突然の乱戦開始で、兜猪はうっかり目を離していた。この間に、いったいなにがあったのか。娘に答える意思は、まったくなかった。

 

「こ、小娘ぇ! い、いつからそげな危なかモンば持ったとかぁ!」

 

「説明したかて、あんたにゃわからんちゃけ!☀」

 

 驚きで目を大きく開いている兜猪の面前で、娘はカッコをつけているつもりなのか、上下左右と剣を自在に振るいまくった。

 

 ビュン、ビュン、ビュンと、明らかに剣さばきに慣れた者の腕前で。

 

「お、おのれぇーーっ!♨」

 

 剣の妙技を挑発と受け取ったようだ。兜猪が雄叫びを上げて、娘に真正面から飛びかかった。その右手にある武器は、戦闘用の大型斧!

 

「なめんじゃなかぁーーっ!」

 

 ところが娘は、叫ぶ兜猪の最初の斧の一撃を、やすやすとかわしてのけた。それどころか逆に、剣を逆様にして――つまり柄の部分を突き出す格好にして、兜猪の上アゴにボグッと、にぶい音が響くほどに叩き込んでやった。

 

「ぐあがぼっ!」

 

 前歯が二本、兜猪の口からポロリと、地面にこぼれ落ちた。

 

 さらに右手からも、斧がポロリとこぼれ落ちた。

 

 娘は斧を素早く右足でガシッと踏みつけ、敵から奪い返されないよう、しっかりと地面に固定してやった。それからこの体勢のまま、娘は自分の格好には似合わない振る舞いを承知のうえで、わざとらしく不敵な笑みを浮かべてやった。

 

「これで一丁上がりっちゅうもんばいね♡ 思うたよりも弱かったとやけど、首領のあんただけは死なん程度にしばいてよかっち、砦の隊長さんが言いよったけねぇ✋☻」

 

「ふぁ、ふぁひぃ?」

 

 娘の言っているセリフの意味が、いまいちわからなかったようだ。前歯が折れて正確な発音ができなくなっている兜猪が、いつの間にか静寂化している周囲を見回した。

 

 戦闘は、すでに終結したあとだった。兜猪の配下である山賊どもは全員、ふたりの戦士によって、打ち負かされていたのだ。


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