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『剣遊記U』

第一章  帰ってくる男。

     (2)

「よっしゃあーーっ!」

 

 すぐに気合いの入った掛け声が、山賊どもの頭上から降りかかってきた。その声につられ、全員が一斉に上を向いた。

 

「な、なんねえ!」

 

「げえっ! 人が宙に浮いちょるばい!」

 

 騒ぐ山賊どもの、遥か頭の上だった。樹木と樹木の間の空間に、ひと組の男女が直立で浮遊していた。それもふたりとも、金属と革の混成鎧を着用。誰が見ても、戦士とわかる身なりでいた。

 

 さらにもうひとつ、山賊どもが節穴に等しい両目を凝らしてよく見れば、戦士たちの真上にもうひとり――短めな髪(ショートカット)の少女がやはり宙に浮いていることに、あるいは気がついたかもしれなかった。もちろんそこまで目が利く者など、山賊どもには皆無であるのだけど。

 

「か、怪物ばぁーーい! あいつら空ば飛ぶ怪物やぁーーっ!」

 

 赤錆びだらけの兜をかぶっている男が叫んだ。

 

よけいなひと言を。

 

これに怒鳴り返した者は、髪をやや長めにしている(両肩まで)、女戦士のほうだった。

 

「誰が怪物っちゅうとやぁーーっ!」

 

 さらに女戦士が足元になにもない空中から、ヒョイと飛び降りるような格好で、跳躍を決行! 着地点は山賊どものド真ん中。狙うターゲットは赤錆び兜の男の脳天より、他になし。無論、中型の剣を上段に大きく振り上げて。

 

「あたいば侮辱したモンは、絶対生かしてやらんとばぁーーいっ!」

 

 強烈極まる雄叫びを上げ、落下の勢いそのまま。錆びているとはいえ鉄の兜をまるで生玉子のごとくバキンッと、ごく簡単に叩き割る。

 

 それでも男は生きていた。

 

「あ……あ……☠ ひ、ひええええええええっ!」

 

 一命を取り留めた代償なのか、黒かった髪が全部、見事な白に変色しているが。

 

 また女戦士に続いて、やや小太りで色黒系な男の戦士も、空中からピョンと飛び降りた。宙に足場など存在しないが、表現的に他に言い表し方がなかった。

 

それはそれでまあけっこうなのだが、このとき男の戦士が発したセリフからは、気合いと言うか迫力と言うものが、まったく完ぺきに抜け落ちていた。

 

「清美{きよみ}さぁ〜〜ん☂ 駄目ですよぉ、やり過ぎですばぁ〜〜い☁」

 

 当然女戦士のほうは、これを完全に無視。それどころかとっくの昔に、山賊相手の大立ち回りを勝手におっ始める先走りぶりだった。

 

「てめえらぁーーっ! うたるっぞ、ぬしゃあーーっ!」

 

 おまけにその剣の威力――というよりも彼女の腕が凄かった。

 

「とあーーっ!」

 

「ぎゃあーーっ☠」

 

「もういっぺんうたるっぞ、ぬしゃあーーっ!」

 

「ぐえーーっ☠」

 

 剣の一閃ごとに山賊が、ひとりふたりと打ち倒されてバタンキュー。これらはすべて、峰打ちによる殺陣であった。だが、手加減までは、まるで考慮をされていなかった。おかげで山賊どもに、骨折者があとを絶たない事態となる。

 

 そんな(獰猛そうな)女戦士と背中を合わせ、男の戦士が――あきらめが悪い性格なのか、さらにひと言忠告を付け加えた。

 

「じゃ、じゃけんですねぇ……やり過ぎちゃいけんとですよぉ☁ ちゃんと生け捕りばして、砦の衛兵に引き渡す約束やったでしょ……☂」

 

 これに対する女戦士の返事は過激であり、またタカ派的ですらあった。

 

「せからしかぁーーっ! わけくちゃわからんこつばゆーなぁ! こいつら今まで、どげんかぐらい罪んなか村人ばいじめまくたっち思うとやぁ! あたいに言わせりゃ、これぐれえの天罰じゃあ、いっちょん物足りねえんだよぉ!」

 

 このふたりに共通しているのは、実に中身の濃い熊本弁である――と言うことか。


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