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『剣遊記U』

第一章  帰ってくる男。

     (10)

「ただいまぁ〜〜!」

 

 未来亭に帰ってみると、給仕係たちが酒場の隅に集まって、なにやらにぎやかに談笑をしていた。孝治たちは声をかけて店内に入ったのだが、初めは誰も気がついてくれなかったほどに。

 

「今帰ったばい!」

 

 清美が大声を張り上げて、ようやく振り向いてくれる始末だった。

 

「あっ! お帰りなさい、うふっ♡」

 

 給仕係のまとめ役である一枝由香{いちえだ ゆか}が、なんだかうれしそうな顔をして、孝治たちを迎え入れてくれた。

 

「今度の仕事も大変やったとでしょ♡ 店長は今、外出中なんやけど、なんか用があれば、あたしが伝えておくっちゃね♡」

 

 まるで世話焼き女房みたいな、いつもと違うはしゃぎようの由香であった。しかし清美は、これにぶっきらぼうな態度を返すだけだった。

 

「店長に用なんかなか! それよか風呂は沸いとるんけ♐」

 

 この荒い言い方で、由香の瞳が丸くなった。

 

「え、ええ……もう営業中やけ……☁」

 

「やったら入らせてもらうけね☞ トクも来な!」

 

「あっ、はいはい!」

 

 清美はおもしろくもなさそうに言ってのけ、唖然としている由香の前はもちろん、給仕係たちの間を、なかば強引に通り抜けていった。

 

相棒――ではなく、ほとんど子分である徳力をうしろに引き連れて。

 

 向かうは酒場の奥に併設されている、店の大浴場。給仕係たちがなんの話題に熱中していたかなど、まったくの興味なし――の態度そのままで。

 

「なんねぇ、あれ! 人がせっかく親切で言いよっとにぃ♨」

 

「まあまあ☂」

 

 憤慨しまくりとなった由香を、自分自身も清美の被害者である孝治は、苦笑気分でなだめてやった。

 

「今回の仕事でちょっとばかしやおないことがあったもんやけ、それでそーとー、ご機嫌ななめになっとうちゃよ⛑ やけん、そこばわかってあげてや☠☃」

 

 ついでにこそっと、内心でつぶやいたりもする。

 

(もっとも、あげん八つ当たりばっかしよったら、誰でも腹ば立てるっちゅうもんやけどねぇ☠)

 

 この一方、清美が退場したところで、友美が給仕係たちに、先ほどまでの話題について聞いていた。

 

「ねえ、みんなさっきから集もうて、なんの話ばしよったと?」

 

「そ・れ・は・にぇ♡」

 

 すぐに夜宮朋子{よみや ともこ}がニコニコ😊顔になって、友美に答えようとした。するとなぜか、由香が急に赤い顔となって、友美と朋子の間に割って入った。

 

「きゃん! やめってってばぁ♡」

 

 そばで見ていた孝治は思わず、瞳が点の思いとなった。

 

もちろん友美も。

 

ついでにこのふたりにしか見えない涼子も、やはり瞳が点。

 

「?」

 

「?」

 

『?』

 

 だけどもそこは、さすがに本物の女の子(孝治はニセ物?)。友美が一番で、どうやら勘にピンときたようだ。

 

「わかったぁ! 裕志{ひろし}くんが、遠方の旅から帰ってくるっちゃねぇ☆」

 

「やだぁ♡」

 

 由香が真っ赤に熟した顔を、慌てて両手を使って覆い隠した。それからさらに、わざとらしいぐらいの可愛っ娘{こ}ぶり。体全体をくねくねとさせた。そんな風で由香が恥ずかしがる様子を見て、周りの同僚たちから、囃しの口笛が飛ぶ。

 

「いえーーい!✌」

 

「ひゅーー♡ ひゅーー♡」

 

 ここに至ってようやく、自分の勘が友美よりもかなりにぶいことを自覚している孝治も、話の筋がだいたい読めてきた。

 

「そうけぇ☆ あいつが帰ってくるんやねぇ♡ あいつがねぇ……♥」


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