前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第二章 帰ってきた男。

     (5)

『な、なんねえ! あのサングラス😎の変なのはぁ?』

 

 天井から孝治の災難を眺めている涼子も、開いた口が思いっきりふさがらないような顔になっていた。

 

 軽装鎧を着て、腰のベルトに剣をぶら提げた格好からして、孝治と同業の戦士には、違いなさそうではあった。だがそれにしても、奇人変人すぎると――というものだ。

 

「あん人ねぇ……あれで孝治の先輩なんよねぇ

 

『あれが孝治の先輩?』

 

 友美も階段を上がり、さらに浮遊の術を使って、天井にいる涼子のそばまで近づいていた。それから涼子と並んだところで、階下を右手人差し指で指差した。

 

「涼子は初めてなんやろうけど、あん人ん名は荒生田和志{あろうだ かずし}さん✍ 孝治と、あそこにおる魔術師の牧山裕志くんの……う〜ん、もう裕志くんでいいっちゃね✊ とにかくふたりの同郷の先輩っちゃよ✋ それで、戦士としての腕前は申し分なかっちゃ、なんやけどぉ……☁」

 

『なかっちゃ、なんやけどぉ……?』

 

 涼子もいつの間にか、興味しんしんの顔になっていた。友美は深いため息を吐きながら、小さな声での説明を続けた。

 

「性格が見てんとおりなんよねぇ☠ いい加減で女ん子とお金がいっちゃん大好きで、おまけに自分ではいい男のイケメンのつもりなんやけねぇ☂ 肝心の女ん子たちからは、とっくに愛想ば尽かされとんのやけどね☠」

 

『なるほどやねぇ……そげん風に見れば、そげん風にしか見えんみたい♠』

 

 改めて涼子は、店内の状況を見回した。

 

『確かに荒生田って人ん周りは、店の女ん子たちがいっちょも集まっておらんちゃねぇ☠ みんな裕志くんとこばっか、集まってばっかしやけ♐』

 

「ねっ、わかるやろ♤」

 

『それはわかるとやけどぉ……♢♣』

 

「わかるけどぉ……まだなんかあると?」

 

 荒生田についての説明を続ける友美に、涼子はまだ興味は尽きない――と言った感じで答えた。

 

『なしてあげな風に、孝治ばっか追っ駆けるとやろっか? 孝治も孝治で、そーとー怯{おび}えちょうみたいなんやけどぉ♐』

 

 涼子には、荒生田が孝治を追い駆け回す理由が、今ひとつ理解ができない感じでいた。彼女にとって、聞いた話でしか知らない過去なのだが、孝治はあれでも立派な男性(『元』が付くけど)のはずである。

 

「それはやねぇ……☁」

 

 再度のため息を吐きながらで、友美が涼子の疑問に答えた。

 

「孝治が子供んころから、っちゅうか男ん子のころから女ん子みたいな顔ばしちょったっちゅうのは、も涼子にも何べんも言うたよねぇ☂」

 

『ええ、耳にタコができるっちゅうほどね☀』

 

 涼子小さくうなずいた。

 

「やけん、荒生田先輩も、ずっと昔っからそれに目ぇ付けとって、孝治にそんころから女装しろ女装せえっち、しつこく言いよったと☢ 可愛かったら元なんち、なんの問題もなか、っちゅうてやね♣」

 

『ねえ、もしかして荒生田先輩っち……変態け?』

 

 涼子は無意識的に、その身(幽体)を前に乗り出していた。今度は友美が、小さくうなずく番となった。

 

「その『もしかして』なんよねぇ☠ そげな人ん前で孝治が完全に女性化しちゃったら、いったいどげんなるっち思う?」

 

『あげんなるっち思う☠』

 

 友美と涼子が見下ろす真下の酒場では、荒生田と孝治の追い駆けっこが、今やクライマックスの様相となっていた。

 

「孝治ぃーーっ♡ どげんしたとやぁーーっ♡ 先輩との愛の接吻{キス}ば恥ずかしがらんで、全身で受け止めやぁーーっ♡ オレとおめえの仲やないかぁーーいっ♡」

 

 孝治を追ってくちびる💋を突き出す荒生田の姿は、まさに鬼神のごとき変態そのもの。

 

「そげな問題やなかぁーーっ☠ 先輩は見境がのうて倫理観まるで無しやけ嫌なんばぁーーい☠」

 

 追いつ追われつ、ふたりはそのまま、酒場から店外へと飛び出した。

 

『あらららら、孝治と荒生田ってのが出てっちゃったけど、あれでよかっちゃね?』

 

「よかと☠ 帰ったらいつもかつも騒動起こす人なんやけ☢ 孝治には気の毒なんやけど、きょうはもう先に寝ちゃいましょ☀」

 

 などと、すっかり瞳を丸くしている涼子とは真反対。友美は澄ました顔になって、先ほどからあくびを繰り返すだけ。さっさと浮遊の術を解き、床に降りると自分たちの部屋がある、三階に上がる階段のほうへと足を向けた。

 

『ほんなこつ、おもしろか人ばっかやねぇ、未来亭っち☻✌』

 

 涼子もけっきょく、多少の後ろ髪を引かれる思いながらも、友美のあとに続いていった。

 

 時刻はいつの間にか、夜のとばりとなっていた。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system