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『剣遊記U』

第二章 帰ってきた男。

     (3)

 孝治は大急ぎで、未来亭の正面出入り口から外に出ようとした。

 

 その寸前だった。

 

「今出たらちゃーらんばい! あいつが帰ってきたけぇ!」

 

 孝治をどうやら、出入り口で待っていたらしい。友美が両手を大きく左右に広げ、孝治の足を急停止させてくれた。

 

「お、遅かったんけぇ……☠」

 

 友美の行動を理解した孝治は、額{ひたい}に苦渋の汗を流す気分となった。そんな元男である女戦士の両側を、これまた店の給仕係たちが、まるで堰{せき}を切ったかのようにして、ドドドッと駆け抜けていった。

 

「やったあ! 帰ってきたぁ♡」

 

「おっ帰りなさぁーーい♡」

 

 店の出入り口にて、まさに大袈裟極まる出迎えぶり。もちろん未来亭は営業中であり、一般の客も来店しているのだが、彼女たちはまったくのお構いなし。この突然である給仕たちの振る舞いに、事情を知らない赤の他人たちが、目をパチクリとさせていた――と、このような、常識外れなにぎわいの中だった。おどおどとした表情と態度で、ひとりの青年男性が、ひょっこりと未来亭に入店した。

 

「た、ただいまぁ……☁」

 

 青年の全体像からは、男ならではの頼りがいといった雰囲気が、まるで感じられなかった。それでも黒衣の魔術師といえる風采は、本物のようである。しかしそれよりも変わっている点は、背中に奇妙なかたちをした弦楽器を背負っている姿にあった。

 

 すぐに給仕係たちが全員、そんな青年魔術師の前に集結した。

 

「ねえ、今度の冒険って、どげんやったと?」

 

「また、新しい歌ば聴かせてちょーだい♡」

 

「ははは……☁」

 

 まるで人気歌手の親衛隊みたいなはしゃぎっぷり。これに青年魔術師は、ただひたすらに愛想笑いを浮かべて、登場のときから変わらずの、おどおど姿勢を続けるばかりでいた。顔色もあまり、良くなさそうな感じでもって。

 

「はは……う……うん……☁」

 

 もちろん給仕係の集団の中に、リーダーである由香もいた。ただし彼女のみ、周りではしゃぐ女の子たちとはまったく異なる、静かな姿勢を見せていた。

 

「……お、お帰りなさい……裕志さん……♥♥」

 

 ここで、周りにいる給仕係には頭を下げて愛想笑いを浮かべるだけだった青年魔術師――裕志が、由香の言葉に敏感に反応した。

 

「や、やあ! た、ただいまぁ……☀」

 

 一瞬、周囲が完全に静まり返った――とたんに次の場面へと変換。一斉に囃しの口笛や紙吹雪が、店内全体で一気に乱れ飛ぶ。お客さんたちの一部も、これに乗るかたちで参加をしていた。

 

「やったぁーーっ! ひさしぶりの恋人同士の再会っちゃねぇーーっ♡」

 

「由香も裕志さんも素敵ばぁーーい♡」

 

「ちょ、ちょっと、みんなぁ……そげんちゃっちゃくちゃらんで(筑豊弁で『めちゃくちゃ』)よかっちゃけぇ……☆」

 

「う……うん……☁」

 

 完全真っ赤な顔となっている由香と裕志を真ん中に置いて、店内は見事なほどのお祭り騒ぎとなった。

 

『ふぅ〜ん、由香ちゃんとあの魔術師って、そげな関係っちゅうわけなんやねぇ✐』

 

 店内の天井でふわふわと浮遊しながら、下の酒場の騒ぎを見物している涼子が、初めてお目にする『ひろし』とやらについて、勝手な品定めをつぶやいていた。

 

『う〜ん、なんて言うたらよかっちゃろっか✒ あん人、確かにイケメンの範囲なんやけどぉ……孝治よかずっと頼りなさそうやしぃ……どげんしてあげなんが帰ってきて、孝治が慌てないけんのやろっかねぇ? あたし、わからんちゃねぇ……☀☂』


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