前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第二章 帰ってきた男。

     (2)

 まずは店内の一番奥にあるテーブルに、三人(黒崎、勝美、孝治)で席に着く。それからお互いに気を落ち着かせ、黒崎が先制をして、ひと言。

 

「なにやら仕事を求めとるようだが、結論から先に言えば、今のところ仕事はにゃーがや。そうだったね、勝美君」

 

「はい、そんとおりです、店長♣ 現在依頼されちょる仕事は、いっちょもなかです♧」

 

 黒崎から確認を求められた勝美が、手持ちの手帳(ピクシーサイズ)をペラペラとめくりながら、本当の意味での事務的口調で答えた。

 

 これにて孝治は、一気に落胆の思いとなる。

 

「そ、そんなぁ! なんでもしますっちゃよぉ☠ 怪物退治でも要人護衛でも靴磨きでもしますけん!」

 

 だんだんと本来の目的から離れつつあるようだが、孝治本人は、それに全然気づいていなかったりする。

 

 そんな孝治に、黒崎が言った。

 

「なにをそんなにあせってるんだがね? なんか理由でもあるのか?」

 

「そ、それはぁ……☠」

 

 黒崎から逆に突っ込まれると、孝治はどうしても口が言い澱{よど}んでしまう。

 

 理由は、あるにはある――それもかなりに恥ずかしい理由が。

 

 だが、ここまで追い詰められた心境にでもなれば、もはやあとには一歩も退{しりぞ}けないところ。そこで孝治は話の方向性を、仕事探し一本へと立ち戻すようにした。ここで都合良く思い出した話が、以前の孝治の雇い人であり、現在は成り行きで同僚となっている、魔術師――天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}の存在であった。

 

「そ、そうたい! おれが今度の山賊退治に行く前、確か美奈子さんにも仕事の話が来とったとですよねぇ!」

 

 美奈子は愛弟子である高塔千秋{たかとう ちあき}とともに、今からおよそ一箇月前、孝治に護衛を請け負わせ、南九州への冒険行へと、共に行った仲。その料金支払いのため(途中で契約を解除したので、違約金支払いの義務が発生したのだ)、住み込みで未来亭の一員に収まっていた(ついでに本人の就職希望も兼ねている✌)。

 

 その後、よほど居心地が良かったのであろうか。別に他の所へと移る気もなし。今ではすっかり、未来亭の空気になじんでいた。

 

「確か仕事が重なったもんやけ、おれが山賊退治んほうば取ったとやけどぉ……広島の貴族から来た、家宝の鑑定依頼の件、おれ、護衛に行きますけ!」

 

「ああ、あの件か」

 

 孝治から言われて、黒崎も美奈子の話を思い出したようだ。だがすぐに勝美ほうへと顔を向け、つれない返事を孝治に戻してくれた。

 

「あの件は確か勝美君、あれは美奈子君が今回の護衛は不要やさかいとか言って、千秋君とふたりだけで出かけたよなぁ。ほんの三日前に」

 

「はい、そんとおりです、店長♣」

 

 勝美が黒崎に向けてうなずいた。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 最後の頼みの綱{つな}が、プツンと切れた。孝治はそんな思いがした。だけど、次に出てきた黒崎の言葉で、孝治は見事な復活を果たした。

 

「そんなに仕事がしたければ、宝探しでも行ってきたらどうだがね。実はきのう、秀正{ひでまさ}が新婚旅行から帰っとるんだがや。聞いた話によりゃー、なんでも旅行先で埋蔵金の隠し場所が書かれとるらしい古地図を手に入れたと言うとったがね」

 

「うわっち! それたい!」

 

 孝治は一も二もなく、黒崎の話に飛び乗った。それからすぐさまテーブルを駆け出し、バタバタと店内を走り抜けていった。このドサクサにまぎれて、黒崎が続けて言ったセリフなど、孝治は聞かない振りで押し通した。

 

「僕の背広のクリーニング代、君の仕事料から差し引いておくがや。勝美君、そのように手続きをしておいてくれたまえ」

 

「はい、店長☻」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system