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『剣遊記U』

第二章 帰ってきた男。

     (1)

 その日の夕方になって、ようやく未来亭の店長――黒崎健二氏が帰店。孝治は早速、店の正面出入り口で、馬車から降りたばかりである彼の体に飛びついた。

 

「なんでもよかけ、仕事ばちょーだい!」

 

「ど、どぎゃんしたがや! 切羽詰まった顔してだがにぃ……」

 

 日頃、冷静沈着で名を売る若手敏腕経営者も、奇襲攻撃ばりである孝治の剣幕には、いささか度肝を抜かれたご様子。そのためなのか、いつものインチキ名古屋弁も、どこか歯切れの悪いものとなっていた。

 

 さらに馬車から降りる所で転んでしまい、人前で尻餅をつくという、実に珍しい光景をも披露してしまう。

 

 これでは紺の背広と赤いネクタイで決めた紳士も、見事に台無しである。

 

「孝治くん、どがんしたとね? こがん一生懸命なってからくさぁ★」

 

 店長秘書で、背中に半透明のアゲハチョウ型の羽根を伸ばしたピクシー{小妖精}である光明勝美{こうみょう かつみ}も、丸い瞳で突然湧いて出た騒動の顛末を眺めていた。

 

 もちろん空中から。ちなみに身長は16.9センチ。

 

 だが、このようなある意味傍迷惑をかけたにも関わらず、孝治は「仕事! 仕事!」と、まるでピラニアのごとく食い下がるばかり。これに黒崎は、とりあえずのようだが、一応大人らしい対応の仕方を発揮してくれた。

 

「ここでは人目があるがや。とにかく中に入りたまえ。熊手君、あとを頼むがや。勝美君は僕といっしょに来てくれ」

 

「…………」

 

「はい、店長♪」

 

 黒崎は自家用馬車を給仕長兼御者である熊手尚之{くまで なおゆき}氏に任せ、自分は勝美と、いまだ「仕事! 仕事!」の孝治を連れ、店内へと取り急いだ。

 

 なんの騒ぎかと周辺に集まった野次馬たちの目を、多少は気にしながらの感じで。


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