『剣遊記 番外編W』 第一章 豪快! 女傑伝説。 (5) そこかしこからいまだに煙が立ち昇り、埃と粉じんで視界が効かない、元賭博場の成れの果て。地元別府市衛兵隊による、実況検分が行なわれていた。
そんな中だった。
「なんやっちぃーーっ! 店長がここに来とうげなぁーーっっ!」
勇猛で名を馳せる本城清美を、瞬時にして宙へと飛び上がらせるような人物――北九州市の大型酒屋兼宿屋である未来亭の店長黒崎健二{くろさき けんじ}氏が、なぜか別府市に到着したとの報が入ってきた。
「な、なしてうちん店長が、こん別府まで来とるんけぇ! ほんなこつやおいかんばーーい!」
「そ、それはぁ……☠」
迫る清美を前にして汗だくとなりながら、報告を行なった徳力が、なんとかして答えようとするよりも早くだった。
「いや、別府市までちょっと、出張して来たもんだがね」
当の黒崎店長が、ひょっこりと顔を現わした。ふつうならば一般人立ち入り禁止となっている、焼け跡が生々しい事件現場の中に――である。
また黒崎の左肩には、片時も離れない秘書の光明勝美{こうみょう かつみ}が腰掛けていた。なぜそのような芸当が可能なのかと申せば、勝美はピクシー{小妖精}なので、身長が常人の十分の一しかないからだ。その代わりに背中には半透明のアゲハチョウ型の羽根があって、それで自由に空を飛べるわけ。
この説明も定番なので、一応ここまでにしておこう。それよりも徳力にとって頭の上がらない人物が清美である事実は、これはこれで間違いなし。そうなれば、この世は上には上があるもの。清美にとっての頭が上がらない人物こそ、未来亭の店長黒崎氏なのだ。
その黒崎は、どのようなハチャメチャな状況を目の当たりにしても、絶対に冷静沈着な姿勢を崩さない――と言われている、並外れた強心臓の持ち主である。従って今回も、元賭博場の惨状を前にして、やはり看板どおりの冷静なる態度を貫いていた。
「この店を今後どうするのか、衛兵隊に訊いてみたんだが、このまま廃材置き場にするそうだがや」
「まあ、こがん石ころやら鉄クズが、がばい散らかっとんやけ、それもしょんなかやねぇ〜〜☠」
勝美までが、店長と口をそろえていた。
「とにかく再建がまったく不可能な状態だがや。従って僕も、衛兵隊の方針には賛成してるがね」
「あのぉ……それよか店長ぉ……☁」
清美は先ほどとは百八十度も違う卑屈な姿勢で、黒崎に恐る恐る尋ねた。まさに清美にしてみれば、悪人の巣窟だった場所の今後の使用法よりも、自分自身の立場のほうが、ずっとずっとの最重要課題なのだ。
「店長が出張であちこち行くとはようわかっとうばってん……だけんっち、わざわざあたいらの仕事現場ば見学でほっつきに来んでもよかでしょうが……☠」
「まあ、それもそうなんだが」
珍しくも上目遣いをしている清美に対し、彼女の雇い主である黒崎は、やっぱりの涼しい顔付きでいた。
「たまには君たちの健闘ぶりを、この目で見ておくのもええきゃーもと思ってね。しかしこれは、僕の予想以上の健闘ぶりだがや」
「私もそがん思います☻」
やはり勝美もひと言。
「は、はあ……うつくしゅう誉めてくれて、どうもありがとう……ばいね☁」
確かにこれでも、称賛の範疇に入るお言葉なのであろう。しかし、黒崎と勝美の、どことなくトゲを感じる言い回し方。清美はもう、顔面から炎を噴き出しかねないほどの心境と大赤面になっていた。なにしろ黒崎はこの現場に現われたとき、最初にチラリとした以降、ずっと清美と徳力に、背中を向けたままなのだ。
実際、博打王の疑路一味は全員逮捕(生きてた)。収監の身となった。これでとにかく、別府市の裏社会を牛耳る、組織の壊滅は確定的。別府市衛兵隊からの依頼を請けて、一味の打倒に尽力した清美と徳力の大手柄――ではあった。
しかし現在、清美の心境は『針の筵{むしろ}』に座っているほうが、断然に心地の良い状態と言えた。
「あのぉ……店長ぉ……☁」
このときなにか言いかけた清美には振り返りもせず、黒崎は未来亭専属にあるふたりの戦士に、言うべき言葉をはっきりと言ってくれた。
最後まで背中を向けたままにして。
「では清美君と徳力君、僕といっしょに北九州に帰るがね。今回の報酬の件はもちろんだけど、もうひとつ話したいことがあるんだがね」 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |