『剣遊記 番外編W』 第一章 豪快! 女傑伝説。 (2) その三階建てのビル――表向きは一見、一階はごくふつうの酒場であった。ところが実は、壁一枚を隔てた裏側に、大掛かりな賭博場が併設されていた。
しかも現在賭博場内にて、ドッガァァァァァンッッ! バグァッ! ドガガガガァァァァン! ――と、ルーレットが砕け散り、トランプが舞い上がり、さらに無数のサイコロ群が、床一面につぶてとなって転がりまくっていた。
さらにホール全体で椅子が飛び、テーブルも粉々。繰り返すがド派手な大破壊が、賭博場せましと繰り広げられていたのだ。
これでも学校の教室三室分は優にある、けっこう広い敷地面積なのだが。
この惨憺たる状況を、黒いアゴ髭が自慢である賭博の胴元――博打王の疑路{ぎろ}が、今にも泣き出しそうな顔で傍観していた。
「おっとろしいこつやめてんかぁーーっ! ここはおれの城ん中なんやけぇーーっ!」
王の異名付きの男とはまったく思えない、非常に情けない叫び声であった。しかし彼とて、悪の元締め。自分の賭博場が破壊の渦中にある状況を、ただ指をくわえて眺め続けているわけではなかった。
「よ、用心棒の先生どもばどげえしたとやぁ! 早よ呼んでくるにぃ!」
このような非常事態に備え、ふだんから高い小遣いを払って雇い入れていた、戦士くずれの男たち。そいつらを呼び集めるため、疑路がそばで控える子分たち相手に、大声で怒鳴り散らかした。
ところがその返答が、なんと驚いたもの。
「そ、それがぁ……ずつねえ(大分弁で『どうしようもない』)話なんですがぁ……☁」
「どげえしたや! あんしはたったひとりのせせらしい(大分弁で『うるさい』)やつなんばい! どげえして用心棒の先生方が、なしかしらしんけん(大分弁で『非常時』)してねえんじゃい♨」
詰め寄る疑路を前にして、子分の顔は見事な真っ青となっていた。
「そ、そげえなんですがぁ……せ、先生たちはみんな……びったれ(大分弁で『だらしない』)なくれえ、とっくになおされ(大分弁で『仕舞われ』)ちまいましたけぇ! 無事なもんもとっくに、こん店からちゃあまあするほど逃げ出してますやにぃ!」
「ぬわにぃーーっ!」
疑路のこめかみの血管が、一瞬にして破裂爆発してのけた。これは子分の体の震えが震度三なら、疑路の大仰天は震度九(ありえねーー!)と言うべきであろうか。
「も、もう、あんあらきい(大分弁で『荒っぽい』)あんしに勝てる、おっとろしゅなこつな味方はおりましぇん! こん店は完全に、おっとろしいけどほかすしかありましぇんばぁい!」
そこへズガガガガガガアアアアアアンンと、子分が叫んでいる真横から、爆発音が立て続けに鳴り響く始末。賭博場の照明が次々と、沈黙のごとくスッと消えていった。
「も、も、も、もうこん店はほんなこつほかす(大分弁で『捨てる』)しかなかやにぃ! 疑路様、早よ逃げましょう!」
これほどの大事態。子分が先ほどから繰り返している前向きな逃走の勧めを、さらに語句を強めて親分にうながした。
早い話が敵前逃亡。
だが、間に合わなかった。親分の返答は、絶望にさらに輪をかけるようなシロモノであったから。
「もう遅かっちゃあーーっ! あんし、こっちに来ようとやにぃ!」
「ひええええええええええっ!」
親分子分の絶叫と、大地震並みであるグアッガガアアアアアアアアアッといった衝撃が、店内全体に襲いかかってきた。
「うっわぁっひいいいいいいいいいいいいっっっ!」
想像を絶する凄まじいまでの破壊のトバッチリで、子分の体が遥か後方の壁まで、ビューンと一気に吹き飛ばされた。
無論疑路とて、無事では済まなかった。彼も今いた場所から、一瞬にして店内のあちらこちらに張り飛ばされ、天井や床などに合計して八回ほど、バチンバチンと叩きつけられる有様。最後に後頭部を、うしろの壁にガツンと激突させた。
「ぐぎゃあーーっ!」
ここで生来であった石頭が、見事に疑路の命を救った――と言えたりして。それでもかなりにうずく後頭部を、右手でさすりながらであった。疑路がふらふらとした足取りで立ち上がった。それからかすむ両目をなんとかしてパチッと開き、煙と埃が充満している店内をキョロキョロと見回した。
目の前には仁王立ちをしている、ひとりの人物がいた。
軽装の鎧を着こなし、右手に中型の剣を構えた美女(?)が。
その美女(?)が、猛然と叫んだ。
「ぬしが博打王なんちおっこいついとう(熊本弁で『ふざけた』)異名ば持っちょう、疑路っておちゃっかモンやってなぁ! あたいはぬしば成敗するために雇われとう、本城清美{ほんじょう きよみ}っちゅうもんばい! 違法賭博の現行犯でぬしば逮捕に来たついで、うちくらわし(熊本弁で『ぶん殴る』)に来たんばぁーーい!」 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |