『剣遊記U』 第六章 城門の魔獣。 (8) 孝治たち三人の話題の主人公である到津は、このとき城の門の前で、荒生田たちと打ち合わせをしていた。恐らく城の内部の様子について、くわしく話し合っているのだろう。
「おーーい! 孝治ぃーーっ!」
その打ち合わせが、どうやら終わったらしい。秀正が大きな声で、護衛の戦士である孝治を呼んだ。
「どげんしたとや、秀正? なんか決まったとね?」
孝治はすぐに駆けつけ、秀正に用件を尋ねた。秀正は早速で、孝治の右耳に、今度は小声でささやいた。
「今から裕志が魔術で城の門ば開けるとやけど、角燈{ランタン}の用意は孝治の役目やったよなぁ☞」
「角燈{ランタン}けぇ?」
初めのうちは、孝治は頭にピンとこなかった。だからと言って、孝治は角燈{ランタン}について、全然知らないわけではない。
角燈{ランタン}は、暗い迷宮や洞窟などの奥深い場所で行動するときの照明として、忘れてはいけない必需品である。確か出発前での打ち合わせのとき、孝治は自分がその担当になっていたことを、今になってだんだんと思いだしてきた。
(……そげん言うたら……角燈{ランタン}の準備はおれの係やったっちゃねぇ……まさかっ!)
孝治は顔面から、みるみると血の気が引いていく思いを感じた。
「どげんしたとや? 顔色悪かばい☛」
などと口では心配そうに言っているようだが、秀正は不審の色丸出しの目で、孝治の顔を真正面から覗き込んだ。
「まさか……孝治……☞」
秀正の念押しに、孝治は小さくつぶやき返した。
「……忘れた……☠」
我ながら実に弱々しい、か細い声だった。しかし秀正は、まるで容赦をしてくれなかった。今度は少し大きめの声で、再び孝治に問い直した。
「声が小さか! もう一回!」
孝治はもうヤケクソ。
「角燈{ランタン}忘れたあ!」
「あちゃあーーっ! 灯りが無かったらどげんすっとやぁ!」
秀正が両手で頭をかかえ、孝治の前でしゃがみ込んだ。
「ま、まあ、そこら辺の枯れ枝でも拾ってやねぇ……☁」
孝治の苦しまぎれである弁解も、今の秀正には通用しなかった。
「駄目っちゅうの! ふつうの枝ば松明{たいまつ}にしようたって、すぐ消えちまうもんなんやけ!」
「くぉらぁーーっ! そこのふたりぃ! 早よ火ば持ってこんけぇーーっ!」
孝治の失敗をまだ知らない荒生田が、門の前から大声で怒鳴り散らした。その荒生田は現在、到津と裕志たちとの三人で、城門を力づくで開けようとしているところだった。どうやらこの門には、裕志の解錠魔術が効かなかったようである。
これで秀正のあせりが、早くも頂点に達したみたいだ。
「いったいどげんするや! 角燈{ランタン}が無いこと知ったら、先輩また怒るっちゃけね♨」
「うわっち! お、脅かさんとってや!」
孝治はまさに、心底からビビり上がった。実際に幼少のころから、荒生田の暴虐ぶりを知り尽くしているばかりに。
だが進退窮まり、背水の陣まで追い詰められると、人の頭はけっこうよく働くものである。このときも孝治の頭に、ピンとひとつの閃き💡が走った。
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