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『剣遊記U』

第六章 城門の魔獣。

     (5)

 到津の案内で、なんとか到着することができた峠であった。しかしそこには三本松など、影もかたちも見当たらなかった。

 

 だけど、地面にしゃがんで付近の地形を調べた秀正は、はっきりと断言した。

 

「場所はここで間違いなかです✐」

 

 理由は秀正が調べた地面に、大木の痕跡が三本分、ほんのわずかながらも残っている――からだと言う。

 

「今まで来た連中は松の木そのものがなかったけ、その時点であえなく挫折したっちゅうわけたいね✄」

 

 地面に微かに残る木の跡を見つめつつ、孝治も小声でつぶやいた。到津も現場に身を乗り出していた。

 

「そうなんだわね☀ この辺りの木、ほとんと枯れてしまったあるから、ちゃんと考えたら松の木無いことわかると思うけど、みんなわからなかったみたいね☠ ワタシがいたら、ちゃんと教えてあげたあるのに☀」

 

「それやと、こっちが困るっちゃけどね☠」

 

 秀正が苦笑気味にささやいた。ついでになにか、大事な一件を思いついたご様子。

 

「待てよ? それじゃこの地図っち、やっぱ何枚もおんなじのが、やっぱあちこちに出回っちょるってことばい!」

 

 先ほどの安心が、見事簡単に覆{くつがえ}されたようなものであろう。秀正がガックリと気落ちの顔となった。孝治はそんな秀正に言ってやった。

 

「そげん気にせんでよかばい♡ どうせこげんこつっち、正直思いよったとやけ♠ なんせ百年前のインチキ品やけねぇ♣」

 

「そうやったら、次は『正午に陽{ひ}が差す所』なんやけど、時間もズレとうし、これじゃ手掛かりにもならんかも☁」

 

 裕志も口調は前向きながら、実は心底から困ったような顔になっていた。しかし到津は逆に得意げそうな顔になって、北の方角を右手で指差して言った。

 

「大丈夫ある♡ 正午と言えば、太陽真南に昇ってる時間ね☝」

 

 もしかすると、一行が少しずつだが自分を信じてくれ始めているので、内心ではかなりうれしくなっているのかも。

 

「つまりここに松があったとして、反対の北側の方向に、松の影があるのこと☟ 松の木の高さ、ワタシ覚えてるから、その影の先端の場所知ってるだわね♡ さあ皆さん、早く来るあるね☀」

 

「ちょっとそん前にぃ、根本的疑問ができたとやけどねぇ♠」

 

 とにかく先に急ごうとする到津を、秀正が今度はかなり大きめの声で引き止めた。

 

 すぐに到津が振り返った。

 

「はい、なにあるね?」

 

 それから秀正が、左手に持っている古地図を、到津の前に差し出した。

 

「あんたが今はもう無い松の高さば、どげんして知っとうかなんち、もうどげんでもよか☯ ついでにこの地図が、恐れていたとおりたくさん出回っとうらしいことも、もうあきらめたっちゃよ✄ それよか、あんたが案内上手なんかもあるかもしれんとやけど、この地図に書かれとうことと、あんたの言うことがピッタリ合い過ぎて、なんか暗号にもなんにもなっとらんたいねぇ☠ これがいったい、どげんことだか、あんた答えられるんけ?」

 

「ああ、それは簡単な話だわね✌」

 

 秀正の顔は真剣そのもの。反対に到津の顔は、これまた見事にあっけらかんとしていた。

 

「それ書き残した人、単なる面倒臭がりだったあるよ✍ きっと領主に命じられて地図書いたとき、見たまんまをそのまんま道順しただけあるね✒」

 

「……なるほどぉ……そげんわけでぇ……って、それじゃいっちょも納得できんばい!」

 

「とにかく急ぐある✈」

 

 秀正の根本的疑問とやらに、はっきりと答えないままである。到津が脇目も振らずに、この場から駆け出した。彼が言うところの、松の影の先端だったと思わしき地点に向けて。

 

 これにて完全なる肩透かしを喰らった格好である秀正が、こそっと耳打ちで、孝治に意見を求めてきた。

 

「おい……あいつが言うたこと、どげん思うや?」

 

 しかし孝治とて、これには首をひねることしかできなかった。

 

「……なんか、そーとー昔んこつ、今見たみたいに言いようけねぇ☠ あいつやっぱし、ほんなこつ千年生きとるんやなかろっかねぇ♐♋」

 

 そのついで、やや不安ながらも孝治は、この場で一番の年配者(謎だらけの到津は除く✄)である荒生田に尋ねてみた。

 

「せ、先輩は到津さんのこと、本当はどげん思ってますか?」

 

「どげんもこげんもなか✋」

 

 荒生田の頭の中は、いつだって明快であった。

 

「仮にもいったん仲間に加えたやつの言うことやけ、今さら迷うこともなかろうが!」

 

「そ、そうですねぇ……☁」

 

 けっきょく、先輩の断言が決定打の格好。あとは全員で小走りをして、先行する野伏のあとを追うだけだった。


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