『剣遊記U』 第六章 城門の魔獣。 (13) オーガーは眼の前にいる孝治の存在で、本当に頭がいっぱいだったようだ。そのためか、背後から走ってきた到津に、まるで気づいていないようなのだ。
だから直前になって襲撃者である到津がわざわざ叫んだのに(ふつうなら、これで失敗☠)、オーガーはにぶい反応しか起こせなかった。
グボガッ?
次の瞬間には到津の振り下ろした大型斧が、隙だらけであるオーガーの右足の腱を、見事にザクゥッと叩き割っていた。
グバガバガアアアアアアアアアアッッ!
大地をゴゴゴッと震動させるほどの、オーガーの絶叫が周辺一帯に轟{とどろ}いた。
二本足の生物が片足の行動力を失えば、もはやなんの支えもなしに立ち続けることは不可能。ズズズーーンッと、大木が倒れるような轟音を響かせ、オーガーが背中から大地に崩れ落ちた。
「ゆおーーっし! 今のうちったぁーーい!」
弱った相手を痛めつけるなら任せんねと言わんばかり、荒生田が剣を上段に構えて飛びかかる。
早い話が、調子に乗ってのタコ殴り。
だが、背中と右足に深手を負ったとはいえ、オーガーの戦意そのものは、まだまだ旺盛そのものでいた。
グバゴバガボオオオオオオンンッ
激しく吼え立てながら、残った両腕と左足をバタつかせ、どこまでも悪あがきを続けていた。
「ほんなこつしゃあしいやっちゃねぇ! オレたちば近づけさせんつもりったいね!」
「先輩っ! そこばどいてください!」
毒づく荒生田の真うしろから、裕志が珍しくも、凛とした張りのある声で言い放った。
「火炎弾の二発目ば行きますけ!」
「おっと!」
荒生田が慌てて、オーガーの近くから飛び離れた。そのときには裕志はもう、長い呪文の詠唱を終えたあとだった。つまりあれから、ずっと呪文をつぶやいていたわけ。
「火炎よぉ!」
先ほどの一発目よりも大きな声を出し、裕志が前方に向けて広げた両手の手の平から、二発目の火炎弾が発射された。
その二発目がボゴオオオオオオオオオンンと、地面でのた打つオーガーの、すぐ左横に着弾! 地面に大きなクレーターが形成され、付近に土砂や埃が舞い散った。
要するに、『外れ』だったわけ。
「こんドヘタクソぉ! どこ狙っとうとやぁ♨」
もちろん荒生田が、思いっきりの怒鳴りまくり。また裕志も裕志で、『しまったぁーっ!☠』の顔になっていた。
「す、すいましぇ〜~ん☂ 慌てたもんで、手元が狂っちゃいましたぁ☂」
つまりが長い呪文の、またやり直し。真にもって使い勝手の悪いこと、このうえなかった。
しかしこれでビックリした者は、なんと狙いを外された、当のオーガーのようだった。
グガバァッ!
「うわっち! 立ち上がったぁっ!」
しかも孝治もビックリする事態。右足に重傷を負っているにも関わらず、オーガーがピョコンと直立で立ち上がり、さらに一目散で城の前の戦闘現場から離れ、森の方向へと猛ダッシュで駆け出した。孝治たちにはっきりと、傷だらけの背中を見せる格好で。
早い話が逃げた。
「あ、あいつ……足のケガは大丈夫なんやろっか?」
孝治は思わずつぶやいた。いくら怪物とはいえ、片足に深い傷を負っている身なのだ。これでは相手がいかに凶暴な敵であろうと、逆に心配をしてしまう――というものだ。
それでもなお、全速で駆け出す余力が残っているわけであった。その意味では孝治は改めて、オーガーの底知れない生命力に、大きな戦慄を胸に感じていた。
また友美も、いかにも予想外といった顔付きになっていた。
「……逃げちゃったばいねぇ……☃」
孝治ももちろん、友美に同意した。
「ほんなこつ……☂☃」
それから涼子もつぶやいた。こちらは孝治や友美ほどに、あまり驚いてはいない感じであるけど。
『あいつもしかして、二発目の火炎弾にビビったんやろうねぇ☠ 一発目は背中から受けたもんやけ、どげな爆発かよう見えんかったんやろうし、背中が痛いっち感じた程度やったんやろうけど、二発目は爆発するとこばもろに見てしもうたけ、心底から震え上がったんやろっかねぇ☠』
「きっと、そんとおりかもしれんばい♠♐」
孝治は涼子の推測に、ある種の説得力を感じた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |