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『剣遊記U』

第六章 城門の魔獣。

     (12)

 ボワアアアアッと、ド派手な火柱が舞い上がった。

 

 火の玉が見事、オーガーの背中に命中したのだ。

 

グボガアアアアアアアアン!

 

 オーガーが今度は、明らかに苦痛に満ちた悲鳴を上げた。先ほどまでとあまり変わらない――とも言えそうだが。

 

とにかく獲物を見定めるためか、怪物がいったん立ち止って、広い背中を本当に無防備に曝{さら}していた状況も、この際チャンスとなったのだろう(オーガーにとってはアン・ラッキーだが☠)。

 

 その並外れた獰猛ぶりだけが売り物のオーガーなのだが、巨大な体の隅々まで、細かな神経が行き届かないのが欠点なのだ。これでは高速で空中を飛んでくる火炎弾を、避けられるはずがない。裕志の火炎弾を喰らったオーガーの背中は大きく焼け焦{こ}がれ、背骨の一部が露出して見えるほどにえぐられていた。

 

「やったぁーーっ!✌」

 

 裕志の大手柄に、孝治は飛び上がって喜んだ。たった今の間一髪の件は、不問にしてやることにして。だけども先輩である荒生田は、やっぱり不問にしなかった。

 

「裕志ぃーーっ! 今の火炎弾、もうちっとズレとったらオレに当たっとったろうがぁーーっ! おまえわざとやったっちゃろうがぁーーっ!」

 

「ち、違いまぁーーっす! ぼ、ぼくはぁ、先輩ば助けようっち思うたんですけどぉ✋」

 

 裕志が大慌てで、頭をビュンビュンと横に振った。

 

 このふたりの漫才はとにかく、大きな痛撃を喰らったに違いないオーガーではあった。だがやはり、巷{ちまた}での評判どおり、その生命力は半端ではなかった。背中が見事なほどの重傷なのに、火炎弾攻撃の一発を受けたところで、やすやすと倒れたりなどはしない。むしろそれを放った張本人――裕志と秀正に、恨みの眼差しと雄叫びを向けていた。

 

グガボオオオオオオオオオン!

 

「お、おい! あいつこっちに向きば変えようばい! 早よ次の火炎弾ばお見舞いしちゃらんねぇ!」

 

「ま、待ってや! い、今また呪文ば唱えるけぇ!」

 

 完全に浮き足立っている秀正が、あせり丸出しで裕志を急{せ}かす。だけどあいにく、事は簡単ではない。正しい呪文の詠唱が必要な火炎弾の術は、連続使用に熟練が絶対条件なのだ。従って、魔術師としてはまだまだ青二才である裕志に、高度な技{わざ}を求めるほうが、これは無理というものであろう。

 

「ばっきゃろぉーーっ! おまえの相手はこっちやけねぇーーっ!」

 

 孝治は秀正と裕志の危機を感じ取り、オーガーの右脇腹を狙って、接近戦用の短剣を投げつけた。しかしこの剣はオーガーの硬い皮膚に弾かれ、カランと軽い音を立てて地面に落ちただけだった。

 

グボボボボッ!

 

 だが、たったそれだけの反撃で、オーガーがターゲットを、ただちに秀正たちから孝治に変えた。

 

「うわっち!」

 

 目移りが非常に激しく、視界内で動く物体があれば、とにかく襲わずにはいられない。そんなオーガーの習性が、ここでも見事に露呈された格好だった。

 

「うわっち! ヤバかっ!」

 

 こちらも一本きりの飛び道具を投げたので、孝治の残りの武器は、手慣れた愛用の中型剣しかなかった。だけど、鉄の表皮と怪力が自慢のオーガーに、接近戦はそれこそ極めて不利なのだ。

 

「ほんなこつ、やおいかんばぁーーい!」

 

 仕方なく背中を向け、孝治は逃げの一手に入ろうとした。

 

 そのときだった。

 

「うわっち!」

 

 オーガーの背後から、両手に一本の大型のを構えた到津が、突然飛びかかる無茶をやらかした。

 

「石見の山で暴れる者ぉ! 断じて許さないわやぁーーっ!」


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