『剣遊記U』 第六章 城門の魔獣。 (11) ついにオーガーが、その恐るべき姿を城門から、完全無欠に現わした。さらにズシンズシンと歩みを進めるたびに地響きを立て、迎え撃とうと待ち構えている孝治たちに、刻々と迫ってくる。
その両眼に写る六匹の人間(幽霊の涼子は除外⛔)は、おのれの飢えを解消してくれる、獲物の群れでしかないはずだ。
グボオオオオオオオオオオン!
まさに凶暴な肉食獣の雄叫びを上げ、人間の何十倍もの腕力を誇るオーガー。そんな世紀末の怪物が、棍棒を振り上げて飛びかかる。
ただし悲しい現実。知能では人間よりも格段に劣るため、特に誰かひとりを狙いとして定めることができないのだ。そのために彼の頭の中では、真っ先に棍棒に当たった獲物を、とにかく叩き殺す本能しかない。
「うわっち!」
誰が一番に狙われたかなどわからないが、孝治たちも大慌てとなって、オーガーの棍棒の一撃から、一斉にばら撒くかのごとく飛び離れた。
とにかくこちらも、突然の緊急事態なのだ。だから作戦を立てる余裕など、初めっからあろうはずがなし。オーガーの第一撃開始とともに、六方向へとバラバラに逃れたものの、全員これは勘と自己防衛本能に頼った、まさしく瞬発的行動であった。
その誰もが逃げ去った後の空白部分である地面にズガアアアアアアン! と、オーガーの振り下ろした棍棒が、深々とその場でめり込んだ。この強烈なる破壊力をもろに喰らえば、人間の体など、それこそスイカ以下の軟弱物であろう。
グガッ?
獲物の群れが眼の前から消えたためであろうか。オーガーが辺りをキョロキョロするという、困惑らしい動作を見せた。それからすぐに、地面にめり込んだ棍棒を、力づくでグイッと引き抜いた。さらに視界の範囲内で、なにか動くモノが見えたらしい。ためらう素振りなどまったくなく、すぐにそちらのほうへと二本の足で走り出す。
グボガオオオオオオオオオン!
オーガーから最初ににらまれた者は、黒いサングラスをかけた、オスの人間だった。しかしこの獲物は、すぐに遠くへと逃げる気がないご様子だ。なんとオーガーに向け、まっすぐに剣を構えたままの体勢でいた。
「こんうすのろがぁ! 誰がてめえなんかとまともに戦うっちゅうとやぁーーっ!」
しかも大胆に、大声でオーガーを罵倒。荒生田棍棒を右へ左へと巧みに避けながら、オーガーの足元をチョロチョロと駆け回った。
グガアアアアアアアアアッ! ゴボッ?
続いて今度は、メスの人間(孝治)が眼に写ったようだ。当然これも追おうとして、またもや足元を翻弄される始末となった。
「うわっち! うわっちぃーーっ!」
もっとも追われる獲物――孝治とて必死である。
「ばっきゃろぉーーっ! おればっか追い駆けんでもよかろうがぁーーっ!」
このように疲れ知らずのオーガーではあるが、今は獲物が複数存在していることが災いしている――とも言えた。
これでは無駄に、棍棒を振り回すばかりであろう。
食欲だけが異常に旺盛なオーガーは、頭脳的連携プレーには、非常にもろい弱点を持っていた。そこのところを熟知している盗賊の秀正と魔術師の裕志は、いったん戦闘の現場から離れ、その身を退{しりぞ}けた。もともと職業柄からして、格闘戦や剣闘戦には不向きであるし。
だが、指をくわえて黙って見ているわけではなかった。
「裕志っ! あれやれ!」
「わかっとうって!」
秀正からうながされ、裕志が両手を前方に差し出した。手の平を真正面に向けて広げた格好で。
さらには呪文の詠唱も開始。そんな青年魔術師が見定める先は、オーガーのだだっ広い背中であった。怪物は眼前で走り回るふたりの戦士(孝治と荒生田)を追うほうに全神経が集中していて、おのれの背中がまるで無防備の状態なのに、まったく気づいていないのだ。
もともと『防備』の概念も無いのだが。
「火炎よぉ!」
そこを狙って、裕志の掛け声一閃! 前に向けて開いている手の平から、握り拳{こぶし}大の火の玉――火炎弾が発射され、オーガー方向へ一直線に飛翔した。
「うわっち!」
「げっ! ばっきゃろぉーーっ!」
直線上にいた孝治と荒生田の間を、ほんのわずかの距離でかすって行きながらで。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |