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『剣遊記 番外編Y』

第五章 人生楽ありゃ苦もあるさ。

     (3)

「ばぶぅ☆」

 

 さすがにこれは見物{みもの}であったようだ。もちろん純粋無垢の赤ん坊なので、ビックリの感情は、まだまだ未発達であろう。それよりもむしろ、本当に喜んでいるような笑顔となって、秋恵変身であるピンクのボールにつぶらな瞳を向けていた。

 

「きゃっ☀ きゃっ☆ きゃっ♡」

 

 なんと初めて、手までパチパチ👏と鳴らしてくれた。最初はまったく見せてはくれなかった、本物の満面の笑みとなって。

 

(きゃっ♡ うれしかぁ☺☺ やっと喜んでくれたばぁい✌✌)

 

 なお、口が消えている状態なので、しゃべることはできなかった。それでも祭子の笑い声を耳に入れたピンクのボール――秋恵が(やけん耳もどこにあるとね?)、自分自身も喜びを行動で表現。床の上でパンパンと、恒例である手毬のような自己跳躍を繰り返した。

 

「きゃっ☆ きゃっ☀ きゃっ♡」

 

 これにて祭子が、さらなる大喜び。自分の瞳の前で行なわれているスイカ大のピンクボールの大ジャンプが、本当に楽しくて仕方のない感じでいた。

 

(ばってん、まだまだ本番はこれからばい✌)

 

 しゃべれないので、秋恵は頭の中で、次の見せ場を考えた(頭もどこやっちゅうと?)。すぐにあの古城🏰での最終決戦のときに披露した、得意(?)の自己分裂を開始。プツンッ プツンッ プツンッ――と、初めはスイカ大だった一個のピンクボールが、自分自身の力で二個四個八個と増殖。やがては何十個もの小さな桃色ピンポンボールとなる展開。これも前回と同様だった。

 

 そのピンポンボールの大群が祭子のベッドを取り囲み、グルグルと円を描いて転がり回る。

 

「きゃっ✌ きゃっ♪ きゃっ☺ きゃっ☆」

 

 すっかりはしゃいで、祭子はベビー用ベッドの上から、明るい笑顔を振り撒き続けた。そのうちボールの中の何個かが、ベッドの木枠を飛び越え、毛布の上までピョンと跳ね上がった。それからそのボールが、祭子の前でひとつに合体。今度はメロン大(色は桃色)の中型ボールへと、再びの早変わり。

 

「きゃっ☀ きゃっ♡ きゃっ♤ きゃっ♧ きゃっ♪」

 

 メロン大のボールにも祭子は、なにもためらう素振りもなしでじゃれついた。これは赤ん坊である祭子にしてみれば、なんだか粘土のようにおもしろくて楽しいおもちゃなのであろう。しかもピンクのボールの感触は、人の肌とまったく同じ(ある意味当たり前か)。またとてもやわらかく、まるで人の体温を感じさせる、とても温かい逸品なのだ。

 

(よかよ祭子ちゃん、あたしば思う存分おもちゃにしてええんやけね☺)

 

 いったい、バラバラに分裂している体の本当にどこに、考える頭があるのだろうか。只今変身中である秋恵が、声には出せない思いで、自分を粘土細工のようにくねくねと扱いまわす赤ん坊――祭子に、こっそりと語り掛けていた。


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