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『剣遊記 番外編Y』

第五章 人生楽ありゃ苦もあるさ。

     (12)

 そんな下心ムラムラ状態でいる秀正の背中から、なんの予告も気配もなし。

 

「どげんね? 祭子と秋恵ちゃん、いっしょにおったやろ☺」

 

 急に妻の律子の声がした。しかし前触れなしは、正確には間違い。ただ単に、秀正の関心と集中力が裸でいる秋恵に向き過ぎて、自分の女房の接近に、まるで気がつかなかっただけの話である。

 

 無論これにて、新たな騒動の幕開けは必定。

 

「わわぁっ! 律子ぉ!」

 

「ちょ、ちょっと! なんねこれってぇ!」

 

 自分の亭主が裸の女性と同じ部屋にいるともなれば、これはもう史上最大級の誤解――イコール勘違いも無理はなし。

 

「な、なして秋恵ちゃんが裸になっとうとねぇ!」

 

「おれが訊きたかっちゃよぉ!」

 

 律子は真っ裸で寝ている秋恵の姿を、もろに見たわけである。確かにこれでは、在り来たりな言い訳など、初めっからの不可能と言えるかも。

 

「ヒデぇ! いくら初めて会{お}うたからっちゅうて、わたしん後輩ば裸にひん剥かんでもよかろうもぉ♨!」

 

 これにて話の展開は早くも、大逆上の大嵐。緑の髪が一気に逆立って、赤や黄色の薔薇の花までが、ポンポンと咲き乱れる始末。

 

「ち、違うっちゃ! こん娘{こ}はおれがここに来る前から、もう裸であったわけで……☢☠」

 

「しぇからしかぁーーっ!!♨♨」

 

 もはや秀正の言い訳など、一切まったく聞く耳なし。右手で持っていたフライパンでガンガンと、逃げる秀正のドタマを徹底的にの叩きまくり。

 

「わひぃーーっ!」

 

 秀正もすでに、律子の頭になぜ薔薇の花が咲いたかなど、問える余裕もなし。それよりも女房の剣幕のほうが凄過ぎた。

 

「腹かくわぁーーっ♨ またわたしに黙って浮気ばするつもりやったとばいねぇーーっ♨♐」

 

「そこまで話ば飛躍させんやなかぁーーっ!☠」

 

 泣くな秀正、それから律子もな。お互い長い人生、楽しいこともあれば苦しい日々もあるさ。


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