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『剣遊記 番外編Y』

第五章 人生楽ありゃ苦もあるさ。

     (1)

 いろいろと(不要な)事件はあったけど、新人を鍛えるための実地研修は、これにて無事(?)に終了。

 

 あのとんでもない騒動の日から、早くも一週間が過ぎました――とさ。

 

「あばばばばぁ〜〜☺」

 

 ここは北九州市の中心街からやや離れた郊外にある、穴生律子と和布刈秀正の夫婦が住んでいる、いわゆる『愛の家庭』(うわあ! 歯が浮く!)。

 

 そんなに大きな邸宅ではもちろんないが、それよりももっと、多くの人たちが目を見張るであろう、巨大過ぎる大特徴がひとつ。

 

 家全体を完全に覆い尽くしている、薔薇の花がそれである。

 

 でもって現在、薔薇屋敷の中で留守番役を務めている者たちがあり。

 

「はぁ〜〜い♡ 祭子ちゃん、ご機嫌いかがっちゃなかぁ? ごーぎ笑って笑ってぇ♡☀」

 

「ばぶばぶばぶぶぶぅぅぅぅぅ☺☺☺」

 

 律子、秀正夫婦の愛の結晶(うわあ! やっぱ歯が浮くぅ!)である愛娘の祭子ちゃんと、新人盗賊の秋恵が、ふたりだけで家の中にいた。

 

「先輩、早よ帰ってくれんやろっかねぇ……あたしひとりだけやったら、祭子ちゃんのお守りば、いじくそばたぐるうほど大変なんやけぇ〜〜☠☢」

 

 早い話、秋恵が愚痴をこぼしているとおり、律子は留守番と娘のお守りを後輩に任せて、自分はチャッカリと外出をしていた。

 

 だけど、まだ若い――というよりも幼い傾向の性格である秋恵にとって、小さな赤ん坊のお守り役は、かなりに重労働な大仕事となっていた。

 

従って本日は、朝からひと時の休み時間もなし。ミルクやらおむつの交換やらで、家中をドタンバタンと走り回っている有様。

 

 これらの育児業に加え、もっか最大の難行苦行こそ、祭子ちゃんのご機嫌取りであったのだ。

 

「はぁ〜いはい、祭子ちゃん笑ってくれんやろっかぁ?」

 

 そのようなわけで、秋恵は一生懸命に笑顔を振り撒きながら、舌を出したり祭子を抱いてやったり。

 

「はぁ〜〜い、高い高ぁ〜〜い☆」

 

「ばぶぅ〜〜☁」

 

 これら一連の愛子{あやし}を繰り返しても、祭子はなぜかご機嫌斜め。早朝から今現在に至るまで、一回もニコリともしてくれなかった。

 

 この事態は将来結婚をして、それから母親になって子育てを満喫しようと夢見ていた秋恵にとって、実に由々しき状況といえた。

 

「こがんこまんか子供からやぜかされるなんち……あたしってどっか、ゆうゆ(長崎弁で『どうにも』)駄目なんやろっかねぇ☂」

 

 幸せな家庭の礎{いしずえ}である母親の愛情が、もしかしたら自分には大きく欠落しとんやなかろっか――そのように考えるだけで、女性としての大きな自信の喪失なのだ。

 

「頼むけ祭子ちゃん、ごーぎやのうてええけ、ちいとは笑ってもよかろーもん☃☂」


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