前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記T』

第二章 五日前まで男だった。

     (7)

 とにもかくにも、いろいろと(変な出来事だらけが)いろいろとあった。また、これからも多々ありそうだ。そんなこんなで孝治と友美のふたりは、城壁を無事(?)に通過。ふたりが育ち、生活の拠点にしている町――北九州市小倉地区に帰ってきた。

 

 北九州市は今を遡{さかのぼ}ること、およそ五十年前。門司、小倉()、戸畑、八幡(西)、若松の五つの町が合併をして誕生した、九州最北部に位置をする、海と貿易の重要港湾都市である。

 

 合併の理由は、世界各国との交易を従来よりも重視。全国各地の港をさらに拡大発展させようと、そのモデルケースとしての港湾都市建設を目論む織田皇帝政府の発令で、羽柴公爵が五つの町をひとつに合体させた――というわけ。そのために合併より以前は、それぞれの町が個別に城壁に囲まれていた。しかし、財政上の理由で近年になってようやく、ひとつの城壁に繋ぐ工事が始まったばかりなのである。

 

 さらに自由交易都市としての性格上、港には国内だけでなく、海外からの交易船も頻繁に入港。繁華街や盛り場は、これら各国の船乗りたちで、大いににぎわっていた。

 

 ただし、一歩でも裏側に立ち寄れば、そこはたちまち別の世界。昼間でも明るさに乏しい影の通りは、非合法の博打{ばくち}や密輸品の売買などが日常から密かに行なわれている、いわゆる暗黒街でもあった。

 

 また、通りの片隅では娼婦たちが、筋骨隆々の船乗りたち――日本人だけでなく各国の野郎どもに、甘い誘いをかけていた。

 

 言わば人間社会の縮図が、この街には凝縮されているのだ。

 

 そんなドブ臭い喧騒{けんそう}の場を、孝治と友美は早足で駆け抜けようとしていた。

 

 自分たちが住んでいる所に帰るため、嫌でも裏道を通らないといけないものだから。

 

 それでも街に入るなり、予想をしていたとおりだった。下品な濁声や囃{はや}しの声。さらには口笛などを、孝治は道の途中で何度もかけられた。

 

「よう! 暇だったらおいらと酒飲むずらぁ♡」

 

「可愛いやんけ♡ 鎧着てんのがもったいねえぞ♡」

 

「がははははっ! いいケツしてんぞなもし♡」

 

 一事が万事、この調子である。中にはなにを勘違いしたのか、ヒゲモジャ顔の西洋人が、黄色い歓声を上げてくれた。

 

「OH! ビューティフォー・アマゾン・ガール♡」

 

 これら無責任な野次と嘲笑の嵐の中だった。孝治は胸のムカつきが、グングンと上昇する思いを感じていた。

 

「こん馬鹿チンどもぉ! てめえらに付き合う暇なんかないとやけぇ!」

 

「そげん言うたかてちゃーらんたい、孝治☻ 今ん孝治やったら、声かけられんほうが不思議っちゅうもんなんやけね♠」

 

 友美がある意味、最も的確な言葉で、孝治をなだめてくれた。だけどこれでは、なんの助け舟にもなっていない――というもの。それどころか、きつい苦言までも並べてくれた。

 

「それに、もともと女ん子顔やった孝治やけ、こげんなっても、ちーっとも違和感、ほんなこつ感じんちゃねぇ〜〜♡」

 

「うわっち! いっちゃん言わんでほしかこつ言うたぁ!」

 

 相も変わらず、言いにくいことをズバリと指摘してくれる友美であった。孝治はもう、大泣きに泣きたい思い全開。胸の中で、それが大きな渦となっていた。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2010 Tetsuo Matsumoto ,All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system