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『剣遊記T』

第二章 五日前まで男だった。

     (6)

「孝治っ! なんがあったと!」

 

 友美が血相を変えた顔になってドアをドカンと開け、詰め所の中に飛び込んできた。

 

 初めはおとなしく、友美は詰め所の外で待っていた。だが、砂津が倒れる尋常ではない音を耳に入れたのだろう。孝治は友美の剣幕に、完全に圧倒された格好となった。

 

「な、なんでんなか……ちょっと話が、決着しただけやけ……☃」

 

 現場はもちろん、孝治のヘタなごまかしで片付くような、生やさしい状況ではなかった。なにしろ大の男がひとり、板張りの床の上で魚河岸マグロ状態となって寝転がっているのだから。

 

「け、決着もなんもなかろうも! 孝治っ! なんちゅう格好しとっとね!」

 

 友美がさらに、血相の上塗りに及んだのも、無理のない話であった。なぜなら孝治は、鎧も防衣も全部すっぽんぽんに脱ぎ捨てた、まさにパンツ一丁のみ。生まれたまんま(正確には違うけど✍)に近い有様で、詰め所の中でポツンと突っ立っているのだから。

 

 ちなみに孝治のパンツは、青い縞々{しましま}模様のトランクス

 

「な、なんちゅう格好っち言うたかてぇ……砂津さんに頼み事ば聞いてもらうには、もう思いっきり過激なことせんといけんっち、思うたもんやけねぇ……☂」

 

「その過激なことがこれけ? ほんなこつ、恥っちゅうもんば知らんのやねぇ☠」

 

 覚悟していたとはいえ、友美からこれほどまでに攻め立てられては、孝治も今や立つ瀬がなし。今になって顔面が、熱を帯びるような気持ちになってきた。この一方で、こちらも真っ赤な顔になっている友美が下を向き、床に転がっている砂津を見つめていた。

 

「それに、砂津さんに頼み事っちゅうたかてぇ……肝心の砂津さんがぶっ倒れてしもうとるんばい……☠ これ、どげんすると?」

 

「そ、そうみたい……☂」

 

 孝治もいっしょになって見下ろしたが、砂津は天井に顔を向け、ゴロンと寝転がったまま。意識は完全に喪失しているようだった。おまけにふたつの鼻の穴からは、トマトケチャップみたいな赤いモノが、タラタラと流れ出ている有様。

 

「ほんなこつ、凄かこつやったもんやねぇ〜〜☠ ほんまに頼み事だけで、ここまでやったんね?」

 

 友美が顔の色を真っ赤から熟桃色に変え、きつい目線で孝治をにらんだ。これには孝治も、何度目かのタジタジした思いがした。

 

「ま、まあ……砂津さんに頼むついでにやねぇ……☁」

 

「ついでにぃ?」

 

 もはやが鳴くようなか細い声で、孝治は友美に答えるしかなかった。

 

「……つまりぃ、弱みば握っとこうっち、思うたもんやけね♪」

 

「弱みって、なんね?」

 

 友美が瞳を丸くして、孝治に顔を寄せてきた。孝治は三歩ズリズリと後退しながら、やはりしどろもどろの口調で答えた。

 

「こ、これで砂津さん、おれと会うたんびにきょうんことば思い出して、おれの頼みばいろいろ聞いてくれるようになるって思うてやね☠☻ 砂津さんってけっこう純情そうやけ☟ これも女になってしもうたおれの、生きる知恵っちゅうもんたい♡」

 

「そげなん知恵じゃなかっちゃよ! 猿知恵の悪知恵やけん!」

 

 精いっぱいの言い訳を、これまたあっさりと否定され、孝治は完ぺきに意気消沈。

 

「……そ、そうけ……☠」

 

 声音も小さく、蚊トンボからアリん子単位にまで低下した。それでもなお、友美の説教は続いた。

 

「わたしかてそうっちゃけど、孝治も赤い顔ばして、ほんとは恥ずかしいっち思うとんのやろ! 早よ服ば着らな、ほんなこつドエラいことになるっち思うわ!」

 

 それからすぐに、孝治と友美はふたりで床に散らばっている、下着と防衣をかき集めた。だが、時すでに遅かった。

 

「ねーちゃん、ええ目の保養させてもろうたばい♡♡」

 

 いきなり窓の外から濁声{だみごえ}をかけた野郎は、頭にインド風のターバンを巻いた、黒いヒゲがたくましい中年男だった。

 

「うわっち!」

 

 これは予想もしなかった、部外者の登場である。孝治は驚いて、半裸のまま室内で飛び上がった。そのため詰め所の低い天井に、ガツンと頭をぶつけてしまう。

 

 だが今は、検問所周辺は人通りが少ない時間帯だったはず。それなのにいつの間にか、門前を通る通行人が大勢、詰め所の周りに黒山の人だかりとなって集まっていたのだ。

 

 当然ながらガラスの窓から、孝治のストリップを、全員が無料で観賞してくれていた。

 

「うわっち! うわっち! 見るんやなかぁーーっ!」

 

 今さら叫んでしゃがんだところで、これもすべては後の祭り。種を蒔いた者が自分自身であるのも、孝治は自明の理でわかりきっていた。

 

「やっぱこれって、自業自得の範疇なんやろうねぇ〜〜☹ これから先の前途多難が、今から目に浮かぶっちゃよ☠」

 

 友美も熟桃色の顔が冷めないまま、慌てて服を着ている孝治を、ため息混じりでジッと眺めるしかないようだった。

 

 もうわたしでも救えんちゃねぇ〜〜☠――の色合いを、モロ出しにして。


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