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『剣遊記T』

第二章 五日前まで男だった。

     (4)

 ここは市内に入る門の右側(東側)に併設されている、木造仮設の衛兵詰め所。ただし中は、とても暑い様子でいた。それは内部で勤務をしないといけないはずの門番が外に出て丸椅子に座り、団扇{うちわ}で自分を扇いでいる有様を見ても、よくわかることだった。

 

 それでもいい加減に仕事(通行人の監視)をしていないところが、この門番の生真面目さを、如実に表していると言えないこともないか。

 

 その問題の門番である砂津岳純{すなづ たけずみ}が、自分がいる検問所に向かってくる途中の孝治と友美に気づいたようだ。まだ少し離れているが、すぐに親しい話し方で、ふたりに声をかけてきた。

 

「よう! 孝治に友美ちゃんやない! 今度の仕事はけっこう長かったみたいやねぇ♡」

 

 砂津は単純に、ふたりが遠くでの仕事を終えて帰ってきた――とだけ考えたようだ。よく見ればわかるはずの孝治の大変化に、まだ気づいていない感じである。

 

「う、うん……いろいろ大変やったけ……☜☝☞☟」

 

 孝治の返事の仕方は、自分ではっきりと自覚ができるほど、緊張感丸出しのモノだった。ところが砂津は、なんだか堅苦しい態度の孝治とはむしろ真逆で、無頓着そのものの態度を見せてくれた。

 

「そん大変やっや話、今度暇んときにたっぷり聞かせてや☏ なにしろおれたち衛兵ときたら、見てんとおりほんまもんの暇人やけねぇ♡」

 

 砂津が奉職をしている衛兵は、羽柴公爵などの貴族に仕える私的守備兵とは違って、市役所などが一般から雇っている、いわゆる公務員である。両者の共通点といえば、金属製の甲冑を身にまとう程度(守備兵と比べたら、かなり軽装)であろうか。それでも頭にはしっかりと、金属製の丸をかぶっていた。

 

しかしこの装備だと、窓が小さくて換気も良くない仮設詰め所の中は、とても厳しい職場であろう。それが理由で砂津は、暑いときはいつも団扇が手放せないのだ――と、前に言っていた。

 

「じゃあ一応決まりやけ、いつもんごつ、通行証見せちゃってや✑」

 

「う、うん……☁」

 

 暑い寒いはとにかく、砂津は本当に、孝治の今の状態に気づいていない――としか思えなかった。だからなのか、そのまま規則どおり、検問の通過手続き(通行証を見せるだけ)を、慣れた手順で済ませようとしていた。

 

「戦士っちゅう職業も、なかなか大変なもんやけねぇ⛱ 仕事ば命じられたら、あっち行ったりこっち行ったりせないけんのやけ⚣ それに比べたらおれたち衛兵っちゅうたら、毎日なーんも変わらんと、こげな暑か所で門番ば続けて⛑ これやったらどっちがほんなこつ大変なんかねぇ……☠」

 

「ま、まあね……うわっち!」

 

 このとき初めて、砂津が孝治の顔を、真正面から見た。

 

その直後だった。気だるさと鈍感さを入り混ぜたようだった砂津の顔が、眉間にシワを寄せた怪訝そうな感じへと、瞬間的に変化した。

 

「……って、おまえ、孝治よねぇ……変わっとらん、っちゅうたら変わっとらんとやけどぉ……変わっちょるっちゅうたら、そーとー変わっとうし、おれの目がおかしゅうなったとやろっか? 今気がついたんやけど、なんか髪が、すっごう長ごうなっちょうし……?」

 

 さらに疑心暗鬼の様相にまで発展しつつある砂津の顔を見て、孝治は思わず、声をうならせた。自分自身の眉間に右手を当てて。

 

(やっぱ、言われてしもうたっちゃねぇ⛑ まあ言われて当たり前なんやけどねぇ……♐)

 

 確かに知り合いの姿格好が、大幅に変貌。しかもそれを、間近で拝見。これで驚き――もしくはとまどいを感じない者など、この世に存在するはずがない。

 

 だけど驚かれ、またとまどわれた側としては、やはり少々いただけない思いがあった。とにかく面と向かって不思議がられる扱いは、正直ムカつくものなのだ。たとえ原因が、自分自身にあるとしても。

 

 だんだん腹が立ってきた孝治は、ある種の不貞腐れ調で言ってやった。

 

「そ、そんとおり、言われたとおり変わったけ! 見たとおりのまんまやけね! 逃げも隠れもせんで言うっちゃけど、今のおれは女なんやけ!」

 

「ぶううっ!」

 

 孝治の言わばヤケクソは、砂津から噴き出しで返された。それから砂津は周囲をキョロキョロと見回し、単刀直入で尋ねてきた。裏返った声になって。

 

「お、おまえ……ほんなこつ孝治なんけ?」

 

「そうやっち、言いよろうも✊ 砂津さんさっきから、なんしよんね⚠」

 

 憤懣調の言い方で返しながらも、孝治もつられて周囲を見回した。現在検問所の周辺に、人通りはほとんど無い様子。これは今の時間帯が通行の盛んな時刻から、かなりズレているからであろう。それを確認したのか、砂津が右手の手招きで、孝治に詰め所内へ入るようにうながす仕草を見せた。

 

「ちょっと孝治……中入れ♐☛」

 

 孝治はすぐにピンときた。

 

(やっぱ、そうくるったいね☠ たぶん砂津さんは、おれがほんなこつ女性になってしもうたことば、認識したっちゃね⛑ だからっちゅうて、簡単には信じられんもんやけ、詰め所ん中で身体検査でもするつもりやろっか?)

 

 もしもそのとおりだとしたら、時間帯的にも人目がないので、今のところは都合が良いのかも。これくらいの空気であれば、孝治でもだいたい読めるというものだ。

 

「孝治、ええとね? 砂津さん、孝治ば裸にするかもしれんよ☠」

 

 友美がうしろから、いかにも不安といった感じの声でささやいた。だけれど孝治はとっくに、『矢でも鉄砲でも持ってこんね♐☢』の覚悟ができていた。

 

「よかばい♥ いくら知っとう仲であったかて、いきなり『きょうから女に変わったけ、よろしく♡』なんち、通るわけなかっちゃよ♥」

 

 などと孝治は、一応強がってみせてやった。しかし内心では、なんの対策も対応の仕方も、考えてなかったりもする。

 

(でもぉ……よう考えてみたらおれがおれっちゅうこつ、どげんして証明したらええんやろっか?)

 

「こ、孝治……でよかや? は、早よ入れ……⛐」

 

今にも舌を噛みそうな思いをモロに表現した顔で、砂津が詰め所の中から、再度孝治を手招きで呼んだ。孝治は砂津に声を返して、ついでに友美にも顔を向けた。

 

「は、はいはい! すぐ行きます! 友美は外で待っときや♥」

 

「う、うん……☁」

 

 声だけではなく表情も不安丸出しで、友美が孝治を見つめていた。孝治は友美に向けて片目(右目)を閉じ、ニコリと笑みを浮かべてやった。それから急ぎ足で詰め所に入り、ドアをバタンとうしろ手で閉めた。


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