『剣遊記T』 第二章 五日前まで男だった。 (3) 城壁に囲まれた都市。これは全国共通の光景である。ただし、孝治と友美が帰ってきた街――北九州市の場合、他の都市とは少し、事情が異なっていた。それは城壁の各所が現在も造成工事中で、都市全体を囲んでいない点にあった。
もちろん城壁が未完成だからといって、それは孝治と友美には、なんの関係のない話である。ふたりは工事現場の横にある検問所を遠目に眺めながら、それぞれ自分の革鎧の懐{ふところ}から、いつも使っている通行証を取り出した。
旅人の義務である通行証の提示。前述のとおり、孝治と友美は突然の性転換を理由にして、各地の市町村をできるだけ避けて通るようにした。だが、最後の最後で避けて通れない関門が、ここ北九州市の検問所なのだ。
この検問所を通らなければ、当然家には帰れない。しかもそこには孝治の男時代(?)をよく知っている、顔なじみの門番がいた。それも少々、性格がやや生真面目気味の男が。
「いよいよ本番やね♐ 今までの市っとか町の検問はなんとか避けて通ったけ良かったんやけど……それでふつうよか時間もかかってしもうたっちゃけど……おれたちが住んじょるこん街だけは、絶対検問所ば通らにゃいけんとやけ♠」
「しょんなかよ☹ 孝治が不法通過で牢屋に入れられたら困るとやけね⚠」
かなりの緊張を自覚している孝治に、友美はやはり手厳しかった。
「まっ、ここの門番さんやったら、おれたちんこつよう知っとうけ、なんとかなるかもしれん……っちゅうもんやね♥」
「そげん簡単にうまく行ったらいいっちゃけどねぇ♩」
孝治の自信は、根拠の薄い楽観による期待だけ。しかし友美のほうは、いかにも心配が絶えないような顔付きをしていた。
そのような感じの友美が、いよいよを前にしてつぶやいた。
「確かにあの人やったら……まあ大丈夫じゃなかろっかねぇ……☁」 (C)2010 Tetsuo Matsumoto ,All Rights Reserved. |