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『剣遊記T』

第二章 五日前まで男だった。

     (11)

 周囲――階段の途中にある踊り場の壁に、見覚えのない少女の絵が飾られていた。

 

「なんねぇ、新しい絵やんね♪」

 

「どげんしたと、孝治?」

 

 友美も階段の踊り場で立ち止まった。

 

 今回の仕事に出る前の踊り場は、なにもないふつうに殺風景な場所だった。その壁の小さな鉄格子窓の左横に、真新しい少女の肖像画が存在しているのだ。

 

 絵のモデルは、どこかの貴族の令嬢といった感じ。綺麗に着飾った衣装で、見た目には十代ぐらいの年ごろであろうか。背景は、やはりどこかの豪邸の広い庭園のようだった。少女のうしろに、たくさんの緑の木々や、広い池などが描かれているので。

 

 それからもちろん、少女の顔に、孝治も友美も見覚えはなかった――いや、ないはずだった。だが孝治はビックリするような事実に、正直大きな興味をそそられた。

 

「これ……友美け?」

 

 少女の顔が、友美とウリふたつなのだ。無論友美は、真っ向から否定した。

 

「わたしんはずなかでしょ! わたし、こげな絵ぇ描かれた覚えなかっちゃけね!」

 

 しかし否定はしたものの、友美自身もとまどっている様子が、一目瞭然でいた。

 

「わ、わたしにそっくりなんは偶然なんやろうけどぉ……なしてこげな絵が、ここにあるとやろっか?」

 

 友美はまるで自分の生き写しのような肖像画の前に立って、しげしげと隅から隅まで眺め回した。

 

「これって、どげな風の吹き回しっち思う?」

 

「そ、そげなん……?」

 

 首を左にひねっている友美から尋ねられた孝治も、これには答えようがなかった。

 

「わ、わかるわけなかろうも✋ あの店長の考えることって、誰にも理解不能やけん⛔ でもぉ……☁」

 

「でもぉ……って、なんね?」

 

 すっかり瞳を丸くしている友美を左横にしながら、孝治も少女の絵の前に立ってみた。そこで改めて観賞をすれば、ますます友美とそっくりな少女であった。

 

「よう見ればほんなこつ友美とクリソツやけ、やっぱ可愛い顔ばしちょるばい☆ やけんこんまんま成長したら、けっこうな美人になるんやなかろっかねぇ♡」

 

「そ、そうけ?」

 

 これで孝治は、友美をからかったつもり。だけど友美はほんのりと、ミニトマトのような赤い顔になっていた。声音にもやや照れ臭さがにじんでいるので、気分も満更ではないのだろう。

 

「そうたい☀ もっと自信ば持ちんしゃい♡」

 

「う、うん♡」

 

 結果的に孝治は、変な所で友美をヨイショした格好。とにかく絵の件はこれにて終わりとなったところで、孝治は二階へ上がろうとした。

 

そのとき再び、妙な感触を背中に受けた。

 

「うわっち? またっちゃよ☃」

 

 先ほどと同じ悪寒は、もちろんであった。だけど今度は背中に、なにかが――強いて言えば、人の視線が突き刺さるような感覚も、孝治ははっきりと認識した。

 

「まさか……やろうけどねぇ……☠」

 

 なんとなく気味が悪くなった孝治は、うしろに振り返ってみた。そこに存在するモノは、やはり少女の肖像画だけだった。

 

「孝治も感じたんけ? 実はわたしもなんよ☁」

 

 友美も孝治と同じで、うしろに振り返っていた。

 

「急になんか、背中がゾクゾクっちしたと☚ なんか誰かがわたしば、うしろから見ようみたいな……やね☠」

 

「友美もそうけ☁」

 

 これはなにか、ただ事ではない気配を、孝治はそれなりに養っている戦士の勘で感じ始めていた。よって、次に行なうべき正しい行動は、これしかなかった。

 

「は、早よ店長んとこに行くっちゃよ!」

 

「そ、そうっちゃね!」

 

 これには友美も、異論はないようだった。それでも孝治は、こんな自分自身を、とても情けないと思っていた。

 

(なんか敵に背中ば見せるようなもんやけ、やっぱ我ながら恥ずかしいもんやねぇ☠ でも今なら、友美かて文句は言えんけね♥)

 

 などの自嘲は、頭の中に収めておく。


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