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『剣遊記X』

第二章 許嫁と玉の輿。

     (9)

 ドタドタドタドタドタドタドタドタッッと、突然だった。厨房に引きこもっていたはずの由香が大きな足音を立て、孝治たちのいるテーブルまで駆けつけてきた。

 

 これは厨房の奥にいながら、由香が地獄耳だった――と言うより、千夏の声がよく通りすぎる、超高めなキンキン声のせいだったからに違いない。

 

「なにしてまんのや? 給仕係ともあろうお方が、少々はしたのうどすえ

 

 裕志と由香の関係を――荒生田と同じく、たぶん知らないであろう美奈子が、冷淡極まる態度で言い放った。

 

 女魔術師としては、由香の給仕係にあるまじき振る舞いを、彼女なりに注意したつもりなのであろう。

 

 ところがどっこい。そうは行かない。由香が猛然と噛みついてきた。

 

「そこの魔術師さん……天籟寺美奈子さんやったっちゃねえ! あなた、今なんち言うたと! まさか牧山家に玉の輿なんて言うたんやなかでしょうねえ!」

 

「否定はいたしまへんえ♠」

 

(否定しんしゃいよ♐)(孝治の心の声)

 

「はぁーーい! 千夏ちゃんがぁ言いましたですうぅぅぅ♡」

 

 美奈子は居直り。千夏は無邪気そのもの。こんな師匠と弟子の、いかにもなにもわかっていないような天真爛漫ぶりが、由香の神経を、ますます逆撫でしたに違いない。これは場合によっては、傷口に塩をぬり込むよりも、さらに強烈かつ苛烈になる事態ではなかろうか。

 

 そんな緊張の中だった。美奈子グループ三人の内で、唯一まともそうである千秋が、孝治の耳にそっとささやいた。

 

「なんや、あのいきなり出てきた姉ちゃん☛ そこの裕志っちゅうのとできとんのかいな?」

 

 孝治はコクリとうなずいてやった。

 

「そ、そう……たい☁ でも、美奈子さんと千夏ちゃんは知らんかったみたいやけ☢」

 

「そんじゃこんあと、仰山血の雨が降るかもしれへんなぁ☂」

 

 千秋の言葉どおりの展開となった。早くも由香が、猛烈に甲高い声で絶叫した。

 

「駄目ぇーーっ! 裕志さんとあたしは将来ば誓い合{お}うた重大な関係なんやけねぇーーっ! それなんに急に出てきて横恋慕……しかも家柄目当てなんち、もう最低っ! やることがあんまりばぁーーい!」

 

 これに美奈子も、負けてはいなかった。

 

「家柄目当てなんて心外どすえ! あなたこそ身の程をわきまえなはれ!」

 

 家柄目当てが、誰の目から見ても明白(自分でも認めていた)。それでも美奈子は激高した模様。椅子からダッと立ち上がり、由香に向けて両手の手の平を差し向けた。

 

「はあっ!」

 

「きゃああああああああああああっ!」

 

 美奈子得意の攻撃魔術――『衝撃波』の威力!

 

 まともに喰らった由香の体が、テーブルより遥か後方まで吹き飛ばされた。


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