『剣遊記X』 第二章 許嫁と玉の輿。 (6) 「どうも孝治はん♡ おひさしぶりどすえ♡」
テーブルに駆け寄るなり、ひと言挨拶。美奈子たちが、孝治の隣りにあるテーブルに席を取った。
これに孝治も、軽い気持ちで三人に顔を向けた。
「やあ♡ 美奈子さんに千秋ちゃんに千夏ちゃん♡」
しかし美奈子たち三人の目線は孝治ではなく、初めっから魚町に向いていた。
(ははん♐ 美奈子さんも千秋ちゃんも千夏ちゃんも、先輩のあまりのデカさにビックリしとうっちゃね✌)
孝治は三人の興味しんしんぶりを見て、なんだかおもしろおかしな気分になってきた。だけどその思いは、今は胸の奥に秘めておく。
「孝治、こん方たちはなんね☛」
「あっと、先輩、言い忘れちょりました☻ こん方たちは、先輩が留守ばしとう間に未来亭に入った新人の人たちなんです☺」
魚町から言われ、孝治はまず美奈子たちに、初対面であろう先輩を紹介した。
「この方はおれの先輩でして、魚町進一っちゅう人です☺ で、帆柱先輩と同期の人でもありますっちゃよ☆」
美奈子は上の空のごとく、魚町に視線を集中させたままでいた。
「は、はあ……そうでおますんかいな☝ う、うちは天籟寺美奈子と申しますえ☆ 御覧のとおりの魔術師をしてますさかい☟ それと、うちと同伴しておますんが、見てのとおりの双子の姉妹でおまして……」
「高塔千秋や……よろしゅう頼むで☀」
「はっあああい♡ 美奈子ちゃんのぉ弟子をやってますですうぅぅぅ♡ 千夏ちゃんですうぅぅぅ♡ よろしくお願いいたしましゅですうぅぅぅ♡」
「はい! は、初めまして! お、おれ……いや、ぼくは魚町進一と申す、戦士ば生業っちするモンでぇ……」
性格のきつさそのままの千秋はとにかくとして、千夏の天真爛漫ぶりに圧倒されたのだろうか。それとも美奈子の美貌に(きょうはいつものアラブ風な出で立ちではなく、素顔をきちんと公開している)、これまた胸でも打たれたのだろうか。魚町が緊張した面持ちとなり、椅子から慌てた感じで立ち上がった。
その勢いのまま、天井にまたもやバコッと、頭のてっぺんをぶつける始末。
そこへすぐに、静香が翼を羽ばたかせて飛んできた。
「進一さぁ! 大丈夫だんべぇ!」
そのまま魚町の頭のてっぺんまで舞い上がり、天井にぶつけた部分を、ふーふーと右手で撫で回した。
「おやまあ、もうひと方、珍しい方がおましたんどすなぁ☆」
静香の姿を見て、美奈子はやはり、『やや』付きのとまどい気味でいた。孝治はこれに、ふふんと微笑んでから答えてやった。
「紹介が遅れたっちゃけど、こちらは魚町先輩の許嫁さんで、名前は石峰静香さんばい♡ 見てんとおりのバードマンやけね♥」
「ほう、そうでおますんかいな☆ それも魚町はんとは、ずいぶんお仲がよろしゅうおまんのやなぁ♪」
その美奈子のうしろでは、千夏が千秋に尋ねていた。双子とはいえ服装がまったく異なるので、見分けは実に簡単なのだ。
「千秋ちゃぁぁぁん、ばーどまんさんてぇ、なんですかぁ?」
「見てのとおり、背中に羽根が生えとう人のことやで☆ まあ、人間と鳥の中間やな✍」
千夏は例外として、美奈子と千秋にとって、バードマンはそう珍しい人ではないようだ。千夏を大阪に置いていた間も、ふたりでけっこう長く日本中を旅して周っていたという話なので、各地で何回かお目にしていたのだろう。だが先ほどの美奈子のひと言を、どうやら静香が敏感に耳へと入れたようだった。
「はい! 見てのとおりだべぇ♡ あたしと進一さぁは、切っても切れねえ仲だべさぁ♡」
静香はすぐに、天井から床へと着地。早速、新たに現われた魔術師と弟子たちを相手に、自慢げな感じでまくし立てた。
「あたしと進一さぁは、お互いの両親も認めてくれだ関係なんだがらぁ♡ あどはたったひとつの試練さを、あたしと進一さぁのふたりで乗り越えるだけなんだべぇ♡」
「お互いの両親って……静香ちゃんは先輩の親と会{お}うたと?」
場の雰囲気上、大きな声では言えない疑問を、孝治は小声でつぶやいた。それから遥か頭上にそびえる、魚町の大顔を仰ぎ見た。
案の定だった。魚町先輩は困惑顔で、頭を横に振っていた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |