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『剣遊記X』

第二章 許嫁と玉の輿。

     (3)

 そんな感じでわいわいやっている男三人(内ひとりは元男)の席に、田野浦真岐子{たのうら まきこ}がトレイにジュースを載せて持ってきた。

 

「お待たせしたばいねぇ〜〜っ♡」

 

 真岐子は上半身はふつうの娘だが、下半身は虹色の鱗で光り輝く大蛇姿をしているラミア{半蛇人}である。従って、メイド風の制服は、上のほうだけ。大蛇の下半身で、床をズルズルと這いずって前進をしていた。

 

「はい♡ 裕志くんにはミカンジュースと孝治ちゃんにはリンゴジュースばいね☆ それと魚町先輩は青汁やったとですね☆☆」

 

「ああ、すまんね♥」

 

 今やすっかり身に付いている丁寧な接客姿勢で、真岐子が魚町の前に青汁入りのコップ(大型のビールジョッキで代用している)を置いた。しかも真岐子の瞳は、やはり大きな好奇心に満ちたものだった。

 

「……ほんなこつ、大きかとですねぇ……☝」

 

「ああ♠」

 

 産まれたときから、常に言われ続けているせいであろう。魚町はすっかり、体格について突っ込まれるのに、とっくに慣れている感じ。返事も実に、あっさりとしていた。

 

「あっと、いけん! 裕志くんはミカンジュースばいね!」

 

 それからしばし、魚町を眺め続けていた真岐子であった。だけどすぐに仕事へと戻り、改めてミカンジュースを、孝治の前に無造作な感じでトンと置いた。

 

 さらに裕志の前にも、リンゴジュースをドンと置いた。

 

「こらっ、頼んだのが逆様っちゃよ♨」

 

「あらぁ? わたしっち、また間違えちゃったみたいばいねぇ★」

 

 孝治からの指摘を受けて、真岐子が慌ててエプロンの右ポケットに入れてあったメガネを取り出した。

 

 水色の厚いフレームをした、見事なトンボメガネであった。だからそれをかけると、真岐子のけっこう可愛らしい顔付きが、なんだか漫画のようにも見えてしまうのだ。

 

 そんな真岐子に、孝治は言ってやった。

 

「仕事中はいつもメガネばかけとったほうがよかっちゃよ☢ こん前も赤ちゃんの哺乳瓶にビールば入れてしもうて、親父にミルク入りジョッキば渡したっちゃろ☞」

 

「そうなんよ♡ わたしったら、おっちょこちょいばってん♡」

 

 この瞬間孝治の頭の中で、『しもうたぁーーっ!』の文字が弾け飛んだ。理由は真岐子がいったんしゃべりだしたら止まらないことを、見事に失念していたからだ。

 

 だが、もう遅かった。

 

「そんだけやなかとよぉ! もっと他にもたっくさん、いろいろあるとぉ✌ たとえばぁ店に来たお客さんば、おんなし給仕のみんなっち勘違いばしたもんやけ、お皿ん山ば持たせてしもうたりっとかぁ✍ 道路に水ば撒きよったら、通りがかりん人が植木に見えたもんやけ、思いっきりバケツん水ばぶっかけてしもうたりっとかぁ✈ ハゲたおじさんの頭ば日の出やっち思うて、つい思わず参拝しちゃったとかぁ☀ 我ながら思い出したらキリんなかっちゅうほどなんよねぇ☢ わたし、こげんやってよう解雇{クビ}にならんもんやと、自分で自分に関心しちゃうほどばってん☠ そげん言うたら、わたしの師匠やっちょう二島{ふたじま}先生も、『おまえは少しというより、とんでもないほどそそっかしい面が一面も二面も三面もあるさかい、客商売をして、精神面で徹底的に温和になったほうがええ☀』なんち言いよったくらいやけねぇ♪ でもわたし、こげんことぐらいで絶対くじけたりせんとやけ✌ 確かに苦しくったって悲しくったって、お店ん中ではいっちょん平気ばいやけね♪ なんつっても大好きな歌ば一生懸命思いっきり歌える吟遊詩人になれるそん日まで、絶対の絶対頑張りぬくつもりなんやけん♬ あっ、そうそう! わたし、こん前の舞台で、ついに自分で作詞作曲ばした歌ば歌ってみたら、すっごい拍手👏ばもろうたと☆ 今度孝治ちゃんと裕志くんにも、それから魚町先輩にも聴かせてあげるけね……そうばい! ここにはおらんとやけど、友美ちゃんにも聴かせてあげんといけんねぇ♡ それからぁ……」

 

「真岐子ちゃん! あそこにおるバードマンの静香ちゃんのこと、どげん思う?」

 

 真岐子の長広舌にたまりかねたのだろう。裕志が慌てて話題を変えた。だがこのような場合、はっきり言って効果はなし。むしろ、まったく別の長話が始まるだけの結果となった。

 

「ああ、あそこにおるバードマンの女ん子やね♡ そりゃ確かに珍しいっち、わたしも思いよるんばい✌ だって、日本の人口は推定で三千六百万はおるっち言われとうとやけど、ばってんその内の大部分ば人間が占めちょって、わたしたちみたいな亜人間{デミ・ヒューマン}っち少数派やもんねぇ☁ そりゃわたしもラミアやけん、地元じゃずいぶん珍しがられたばってんが、そんでもバードマンってのは正直、わたしかて初めてばい☝ まあ二島先生やったらエルフ{森の妖精族}で長生きなんやし、おまけに今かて日本全国ば放浪しよるんやけ、バードマンのことば知っとるんやなかろうかっち思うとばってん……そげん言うたら今はおらんとやけど、帆柱先輩はケンタウロスやったばいねぇ✍ それに彩乃は吸血鬼{ヴァンパイア}やしぃ、朋子はワーキャット{猫人間}でから……あっ、そうそう! 由香先輩はウンディーネ{水の精霊}やったばいねぇ✎ こげんして改めて見直したら、未来亭っちなんか、日本の縮図みたいやねぇ☛ だって、わたしが知っとう限りばってんが、こげん雑多な種族が集まっとう場所なんち、日本中どこ捜したかてそげん無いっち思うとたい♋ どげんだっちゃよか話なんやけど、未来亭に比べたら、駄目な店って多かばいよ☠ だっていまだに人間だけ優先的に雇用しちょう、時代遅れで馬鹿んこつやっとうとんでもなか所もあるとやけ☃ ほんなこつみたもんなかぁ☂ 実はこん前、桂や登志子と買いモンに行った店がぁそげん所でやねぇ、思わずぼてくりまわしとうなったとばい☠ それからぁ……」

 

「真岐子ぉーーっ! 次んお酒ば持ってってくれんねぇーーっ♡」

 

「はぁーーい♡」

 

 ここで厨房から由香が真岐子を呼ばなかったら、長広舌が恐らくは、夕暮れ時まで続いたに違いない。

 

「ごめんなさいねぇ♡ もっとがば言いたかこつあったとやけどぉ、由香先輩が呼んじょるけ、話はまたねぇ♡」

 

 これにてようやく、真岐子が退場。長い下半身(蛇体)をズルズルと這いずらせ、厨房の中へと消えていった。このときすでに、孝治も裕志もすっかり目を回し、口から泡までも噴いていた。


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