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『剣遊記X』

第二章 許嫁と玉の輿。

     (2)

 その一方で、酒場のカウンター前では珍しい来客を囲んでいる、給仕係たちの一団がいた。

 

 主役はなんと言っても、北九州市では滅多にお目にかかれない、バードマンの静香であった。

 

「凄かにゃあ〜〜っ! ほんにゃこつ背中から羽根が伸びとんにゃねぇ♡☞」

 

 夜宮朋子{よみや ともこ}が心底から物珍しそうに、静香の翼をうしろから扱い回していた。また当然、皿倉桂{さらくら けい}や香月登志子{かつき としこ}も、同じような騒ぎ方。

 

「ねえ! 空を飛ぶ気持ちって、いったいどうなんよ? がいに〜うらやましいわぁ♡」

 

「わたしよう食べるほうなんやけどぉ……わたしでも飛べるっちゃろっか?」

 

「痛たたたたっ! あんまり羽根さ引っ張らんどいてぇ! ちゃんと神経さ通っでるだにぃ♋」

 

 今やすっかり、おもちゃにされている格好。静香が慌てて、背中の翼を引いていた。

 

 こんな中で七条彩乃{しちじょう あやの}が、ひとりで鼻を鳴らしていた。

 

「ふふんだ! そがん自慢したかて、翼やったらわたしかて持っとうし、空かて飛べるんばい♨ やけん飛行は、バードマンだけの専売特許やなかばってんやけね♨」

 

 どうやらバードマンを相手に、妙な対抗意識を燃やしているようだ。ところが朋子が、これにひと言。

 

「そりゃ彩乃かて飛べるんにゃろうけど、彩乃ん場合は吸血鬼{ヴァンパイア}にゃんやけ、体全部がコウモリににゃらにゃにゃんもできんとでしょ♐ それに比べたら静香ちゃんは、変身もにゃんもせんかて空ば自由に飛べるんにゃけ、にゃっぱこっちんほうがよかっちゃよ♥」

 

「そ、そげなもんけぇ? でもそげなん言うなら、朋子は変身ばしたって飛べんやなかろうも☠」

 

「あ、あたしは猫にゃんやけ……飛べんで当たり前っちゃよ!」

 

 朋子と彩乃の論争が、なんだか不毛じみてきた。そんな様子が、孝治と裕志のテーブルにまで伝わっていた。

 

「みんな、好き好き言いようっちゃねぇ✍」

 

「ほんなこつ✎」

 

そこへ店長との話を終えたらしい。魚町がドカッと、同じテーブルに着席。やはりテーブルと椅子が、魚町の体格と、まったく合っていなかった。先ほどと同じで今にも壊れそうに、ミシミシと悲鳴を鳴らしていた。もっともこの状態は、孝治も裕志もとっくに承知済み。話の対象にもしなかった。それよりも給仕係たちの楽しそうな雰囲気を見て、孝治は感心気分でつぶやいた。

 

「女ん子同士、けっこう仲良うなれるもんっちゃねぇ✌」

 

 これにも裕志は、同意の感じでうなずいてくれた。

 

「うん、そうやねぇ♡」

 

 当然魚町も、話に加わった。

 

「ああ、静香はどこ行ったかて、いっちょん物怖じばせん性格やけねぇ☀」

 

 店長への弁解を終わらせて、今やすっかりのどかな気分(?)に浸っているようだ。しかし、これは実は孝治と裕志は気づいていて、当の本人が気づいていない変化なのだが、いつの間にか魚町は静香への呼び方に、『さん』付けをやめていた。

 

 もしかすると本人もまったく知らないままでいる、微妙な心境の変わり方であろうか。もちろん孝治と裕志には、なんの関係もない話。いちいちの突っ込みも、もはやする気にならなかったけど。


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