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『剣遊記X』

第二章 許嫁{いいなずけ}と玉の輿{たまのこし}。

     (1)

 なにぶんにも、人並みより遥かに図体のデカい魚町である。これに対し静香のほうは、大空を自由に飛び回れる機動力が大きな自慢。

 

 東の帝都東京市で見つかっては逃げ。杜{もり}の都仙台{せんだい}市で見つかっては逃げ。西の帝都であり古都でもある京都市で見つかっては逃げ。さらに南国鹿児島市でも見つかっては逃げして、とうとう一年間を逃亡と追跡に費やしたあげく、本拠地である北九州市へと舞い戻り、いっしょに静香も来訪したわけ。

 

「あたしっから逃げようなんて駄目だんべぇ! だって地球は丸いんだもの♡」

 

「それってどっかで聞いたフレーズばい☞」(孝治談)

 

 現在、魚町と静香のふたりは未来亭の酒場で、それぞれ別の場所にて大足と翼を休めていた。

 

 ここまで追い詰められたら、さすがの巨漢戦士も、年貢の納めどきと言ったところか。その魚町が、ひさしぶりに対面する黒崎に、椅子(魚町ひとりで三台も使用。ついでにかなり、ミシミシと鳴っている)から立ち上がって、頭を下げていた。

 

「店長、すいませんっちゃねぇ☺ 一年も無断欠勤ばしてしもうて……☻」

 

 敏腕店長である黒崎も、けっこうな長身である。だが、立ち上がった魚町を前にしては、どうしても二歳児以下にしか見えなかった。

 

「まあ、そんなに恐縮せんでもええがや。とにかく無事に戻ってきただけでなによりだがね。それよりせめて、手紙でもいいから、なにか連絡をしてほしかったなぁ」

 

「はい☁ どうも……気ぃつかんかったもんですけ……✄」

 

 雇い主からの指摘は、音信不通の不手際のみ。それでも巨体に似合わず、本心から申し訳なさそうに謝ったあとで、魚町が頭を上げた。とたんにバキッと、頭頂部が酒場の天井を突き破る事態となる。

 

 未来亭の一階は大店舗なだけあって、天井はかなり高めに建築をされていた。しかし魚町の身長は、まさしく想定外。天井までの高さを、軽くクリアしていたのだ。

 

 しかもよく見れば、天井のあちらこちらに、魚町によって開けられた穴があった。おまけに入り口扉の上部にも、入店する際に、おでこをぶつけたひび割れが残っていた。

 

 もちろん当の魚町は石頭。ぶつけた本人は、ケロッとした顔のまま。ダメージのカケラも見当たらない。

 

「い、いや、もうええがや。もう謝るのは本当にやめていいから」

 

 冷静沈着が売り物である黒崎も、これ以上の店の損害は、御免被{こうむ}りたいところであろう。珍しくもかなり狼狽気味な態度を、周囲の人々に公開していた。それからすぐに、魚町を椅子に座り直させ、給仕長である熊手尚之{くまで なおゆき}に指示をだした。

 

「早く工務店を呼んで、損害個所を修繕させてくれ。このままでは営業に支障が出るからな」

 

 熊手は相変わらずの無言でうなずいた。見ようによってはこちらのほうが、断然に冷静そのもの。そんないつもと一風変わっている光景を、孝治と裕志は酒場の隅で、面白おかしく一部始終眺めていた。

 

「すっげえ貴重な場面っちゃねぇ☆ 店長が慌てる現場ば見られるなんちねぇ♐」

 

「うん、そうっちゃね☛」


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