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『剣遊記超現代編T』

第四章 美女(?)漫画家のいちばん長い日。

     (8)

「ゆおーーっし! きょうはここまでだねぇ!」

 

 いつの間にか現場を仕切っている荒生田の掛け声で、本日の撮影は終了となった。あとで聞いた話によれば、中原は自分が納得するまで深夜でも撮影を強行する性格らしいのだが、きょうに限っては幸い。一応本日の分の撮影には満足をしたようで、おとなしく荒生田の指示に従っていた。

 

 これは元孝治たち四人にとっても、ラッキーな話の流れと言えた。

 

「やれやれっちゃねぇ 写真集撮影があげん重労働やったなんち、話にはちょっとだけ聞いたことがあるっちゃけど、我が身に降りかかってほんなこつ、身に沁みて実感するっちゃよ

 

 孝江はあとで、しみじみとつぶやいた。

 

 本日の撮影スケジュールが終了した一行。もちろん帰る先は、未来出版湘南研修寮である。でもって寮の大型浴場にて、元孝治たち四人は待望の入浴タイム。きつかった撮影の疲れを癒していた。

 

 まあ、この手の話で入浴シーンが増える設定は必定なので、そこのところはある種のワンパターンだと思っていただきたい。

 

 余談はさておき、もはや女性の裸に慣れている(?)元孝治たち四人である。それでもホテルや民宿などとは違って、浴場に一般客がいるはずなし。完全に一行の貸し切りとなっていた。

 

 無論妹の涼子と、今回はなんと友美も、お風呂に付き合ってくれていた。

 

 そこで孝乃が少し疑問符系的な気持ちになって、同席入浴者である友美に訊いてみた。

 

「……浅生さん……そのぉ、あたしたちといっしょに、よく平気で風呂に入れるっちゃよねぇ?♋ あたしたちの正体っていうか……ほんとのこと、いっちゃんよう知っとうとに☢」

 

 ちなみに孝乃は湯船の縁に座って、両足だけを湯に浸けた格好。いわゆる足風呂。一方で訊かれた友美のほうは、肩まで湯の中に浸かっていた。

 

 当然のルールながら、お風呂の中にタオルを入れる行為は厳禁である。たとえここがホテルなどではなく、他に客のいない私有地のような場だとしても。

 

 早い話が、孝乃は自分のけっこう大きな胸(Eサイズ)を、友美相手に見せつけている格好。これは孝乃が無意識で行なっている所業であるが、もっとも友美のほうもすでに瞳が慣れているのか、その方面で突っ込んだりはしないようだけど。これも昼間の、水着全開があったためであろうか。

 

「そうそう、あたしたちが裸ば見られるのはよかっちゃけど、なして浅生さんはあたしたちに裸ば見られて平気なわけ? これがとっても不思議っちゃねぇ♋」

 

 横から孝江も会話に入ってきた。すぐに友美が答えてくれた。

 

「う〜ん、むずかしい質問ねぇ でも、あんまり大きな声で言う気になれないから小さい声で答えるけど、わたしの中では先生たちのこと……もう男性だったって記憶が消えかかってるのかしら? もう初めから同性だったって気持ちが、なんだか日増しに強くなってく気がするの こんなこと言うわたしって……変かしら?

 

「その言葉……ある意味ショックやねぇ☻」

 

 さらに治代も加わり、治花も『そうっちゃ、そうっちゃ☞』とばかりにうなずいた。

 

「デビューのとき初お目見えして以来ずっと世話になりどおしで、あたし……もうこの場ではこの際『おれ』って言わせてもらうっちゃけど、あのときは浅生さんがおれたちの漫画の担当ばしてくれるっち聞いて、ほんなこつ心ん底から大喜びしたんやけどねぇ☀ もしかしておれ……たち……いや、もう言わんとこ

 

 話の途中で、治代は口を噤{つぐ}んだ。

 

「わたしも……

 

 友美も同じく、会話を止めた。残りの三人(孝江、孝乃、治花)も同様だった。この不可解なる気持ち。実はみんなわかっていた。

 

 友美が声に出さずつぶやいた。

 

(……どうしてわたしって、こんなに表向きは冷静を保っていられるのかしら? 目の前で男の人が女の人になって、しかも四人に分裂したというのに……これってもう、ふつうにお付き合いができない関係かもしれないのに……♋ 実はショックがあまりにも大き過ぎて、かえってなにも気持ちが言い出せないのかしら……わたしって☁ えっ? わたし今、なに考えたの!?)

 

 この友美の内心に気づくはずもないが、元孝治たち四人も、このときそっと、静かにささやき合っていた。これも友美には聞こえないよう、とても小さな声で。

 

「なあ、おれたち……♐」

 

 一番手は孝江。

 

「治代が今言ったことやけど、浅生さんがおれたちの担当に決まったときって言うか、デビューでいろいろお世話になってるころから、実はおれたち……浅生さんに……そのぉ、ほの字になっとったんやなかっちゃろっか? 他人事みたいな言い方で我ながら変なんやけど、こげんして自分自身ば外から見れるようになって、初めて自分の本心に気づいたみたい……

 

「つまりおれたち……浅生さんば好きになっとったっちゅうとね?」

 

 治花が瞳を丸くした。そこへ孝乃も口をはさんだ。

 

「自分の本当の気持ちって、こげんして外から見たら、すっごうようわかるっちゅうことやろっかねぇ♋ おれが言うのもなんやけど、孝江の言うとおり端から見れる立場になって、ようやく自分の本心に気づいたっちゅうことやろっか?」


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