『剣遊記T』 第七章 ひとつの冒険が終わって、また……。 (9) 「うわっち!」
ようやく声を出した孝治は、執務室内で身長の三倍近くにまで飛び上がり、天井に頭をガツンと激突させた。もともと室内では無理があった。それでも勝美が、大袈裟な感心ぶり。パチパチと拍手を打ち鳴らした。
「うわぁ! これもがばいことやけど惜しかったばいねぇ♋ 日本新記録更新間近やったとにぃ☆☆」
それはとにかく、孝治大ジャンプの要因は、部屋の奥にあるソファーに、ふたりの中年男が座っていたことにあった。
もはや多くを語る必要もなし。合馬と朽網のご両人である。さすがの孝治も、これは想定の範囲外だった。
「しもうたぁーーっ! 美奈子さんの影ば感じた時点で、こいつらの存在にも気づくべきやったぁーーっ!」
などと今さら後悔をしたところで、すべては後の祭り。それでも精いっぱいの気力を振り絞って、孝治は黒崎に顔を向けた。精いっぱいに振り絞って、この程度であるが。
「て、店長! これっていったい、どげんなっちょうとですか!」
黒崎はやはり、いつもの平然顔でいた。
「きょうから未来亭で働いていただく新人さんたちだがね。これで孝治も、きょうから先輩だがや」
さらに黒崎は説明を続けた。孝治にとって、あまり聞きたくもない内容で。
「もう紹介の必要もにゃーとは思うが、こちらは天籟寺美奈子さんと弟子の高塔千秋さん。それに騎士をされている方が、東京から参られた合馬玉之介{おうま たまのすけ}さんと朽網六衛門{くさみ ろくえもん}さんだがね」
『ぷっ! 『たまのすけ』に『ろくえもん』やて☻✌』
孝治の背中で涼子が噴き出した。もちろん幽霊の存在に気づいていないであろう黒崎が、そのまま就職採用の説明を続けてくれた。
「それで、この方たちが未来亭で働きたい理由なんだが」
「理由……ですか?」
孝治もこれには、少々の関心を抱いた。たぶん同じ気持ちに違いない友美と涼子も、黒崎に注目していた。
「合馬さんと朽網さんは気の毒にも失業をされて、ここ未来亭に職を求めて来られたんだがね。それと天籟寺さんと高塔さんは本人の強い希望で、やはり未来亭で勤めることになったわけだがや」
「それってぇ……ほんなこつ……ですか?」
合馬の不幸な身の上話など、基本的に言って孝治に同情する気はさらさらなし。やはり大問題な重要事項は、美奈子と千秋のふたりである。ところが美奈子は、孝治の困惑の傷口に、さらに塩をすり込むような話を、勝手に始めてくれるだけだった。
「ここまで話が進んでしまいましたら、もうすべての真実を白状いたしますえ☻ すでに薄々感じておられますとおり、うちが孝治はんを女子{おなご}はんに変えてしもうたんどす☺」
「うわっちっ?」
あまりにも大胆――かつあっさり過ぎる、美奈子の真実の吐露であった。孝治はこれに、開いた口が百八十度にまで広がり、そのまま完全にふさがらない気持ちとなった。
「まあ、霧島でおめえの正体を、とっくに知ったつもりにはなってたんだがよぉ☻ 俺もこいつらから改めて聞き直して、正直ビックリってなもんよ☆」
合馬は孝治の正体を、早くから見破っていた。それでも性転換の真の原因を美奈子から教えられ、新たに関心を深めたようだ。しかし孝治は、美奈子から超開き直りに等しい仕打ちを受けたにも関わらず、なぜか怒りの感情が湧き上がらなかった。それよりもむしろ、気持ちの整理が間に合わない――と言った感じの心理状況に追い込まれているのだ。
「…………☁☁」
けっきょく美奈子には、もうなにも言えなくなった。その代わり――でもないが、孝治は再度、黒崎に尋ね直してみた。自分でも自覚ができるほどの棒読みセリフで。
「……て、店長ぉ……この人、おれば女に変えた犯人やっちゅうとに、それば知って、ここで雇うつもりなんですかぁ……?」
黒崎が答えてくれた。こちらは終始、冷静な口調で。
「本人が正直に告白したんだがや。きのうまでの話は水に流したまえ」
「きのうやのうて、現在進行形の話なんやけどぉ……☂」
これ以上はもう、孝治は絶句。ノドを詰まらせた。この一方で美奈子は、孝治と黒崎のやり取りをまるで漫才でも観賞しているかのように、満面の笑みで見つめていた。
「ほんま、ここっておもろいとこでおまんのやわぁ♡♥♡」
このような不真面目そうな態度を見るだけでも、彼女に反省も謝罪の意思も無いことは明らか。それに加えて、ひじょーに自分勝手な補足説明までも始めてくれた。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |