『剣遊記T』 第七章 ひとつの冒険が終わって、また……。 (10) 「実は……うちが孝治はんに飲ませたんは、ごくフツーの眠り薬……のはずやったんどす☻ あのときうちが逃げるのに必死やったもんやさかい、どないしたかて孝治はんには寝てもらう必要があったんどすえ⛑ それが男性から女性に性転換させはる副作用があるやなんて、うちも思いもよりまへんどした☁☂」
「やっぱり美奈子さんも、薬の説明書ば、よう読んじょらんかったんですねぇ☠」
友美が美奈子の補足説明――ほとんど言い訳に、納得の相槌を打っていた。
「それやったら……やっぱ美奈子さんにも解決は無理……ってことですね☠」
お終いで断言してから、友美があきらめの境地のような、深いため息を吐いた。しかしもちろん、孝治の腹は、これで収まるはずがなし。絶句をやめて、一気にまくし立てた。
「そ、それじゃあ、この責任どげんしてくれるとですかぁ! おれはこのまま一生、女でおらんといけんのですかぁ!」
これに美奈子が、『ちょっと悪いなぁ☻』の顔で答えてくれた。
「それはうちとしても、元に戻す方法が、ちぃともわかりしまへんのや☢ そやさかい、これも運命や思うて、どうか前向きで生きておくれでやす☀」
「あんたがそげんこつ言うもんやなかぁ!」
霧島での開き直り以来、さらに最大級ともいえる、美奈子の第三の開き直り。孝治は自分の頭が怒り心頭で、史上最大級の真っ赤に染まった――と自覚した。
それでも美奈子の表情は、涼しそうな笑みを浮かべたまま。
「実は耶馬渓の城から逃げたあと、たまたま遭遇しはった戦士はん……あとで調べて孝治はんとわかったんどすけど、ご迷惑をおかけしたこと、さすがに悪いなぁ、思いまして、千秋といっしょに北九州まであとを追ってきたんどす☻ あのまままっすぐ鹿児島に行くのはいったんやめて、せめてものお詫びで、うちらの仕事に使ってあげましょう、思いましてなぁ♠♣」
「そやで☀」
ここで千秋も、話に割り込んできた。見ればなんだか、悪乗り気分でいるようだ。
「そんで来てみたら、ネーちゃんがこの店で、雇われ戦士やっとうやないか☆ で、しかも店にはいろんな戦士や魔術師も雇うとるって聞いてなぁ♐ こりゃほんま、願ったり叶ったりの所やないかいな、ってなもんやで☺」
さらに師匠――美奈子が続けた。
「そのとおりでおます♡ それでまた都合がよろしゅうことに、ちょうど戦士が孝治はんひとりやったよってに、半分ご指名の格好にさせてもらいましたんどすえ♡」
「そうけ、おれば狙い撃ちみたいにして美奈子さんの仕事に就いたんは、やっぱそういう計算があったっちゃねぇ♨」
今さらどーでもよいとも言える真相であるが、これで孝治は、初めの疑問が少しだけ、解消されたような気になった。
ここでさらに、友美が付け加えてくれた。
「これって、あれやね✐ 物事に大した理由など、実は無い、の実例やね✍ むしろ初めの予想とほろんど変わらんかったっちゅうほうが、わたしにとってはビックリってなもんやねぇ♡♥」
この友美のポツリを耳に入れたあと、孝治は再び黒崎に、文句の矛先を向けた。今度はわざとドスを効かせるように、横目でにらんだ感じでもって。
「それやったらやっぱ、店長かて初めっから知っとったっちゃね♨ みんなしておれば謀{はか}ってくれたもんちゃねぇ☹」
しかし黒崎は逆に、孝治から視線をそらして、ふつうに口笛なんかを吹いていた。さらにこれらの空気もお構いなし。千秋が勝手なおしゃべり――しかもあまり関係のない内容の話を持ち出した。
「そんでなぁ、師匠も千秋も鹿児島行きの仕事が終わったら次の仕事がないさかい、ここで雇ってもらおうかいなって、前から師匠と話しとったんや♥」
「出発ん前の打ち合わせんとき、美奈子さんと千秋ちゃんが未来亭のことくわしゅう訊いたんは、そげな事情やったっちゃね✍」
友美がそのときのことを思い出したらしく、両手をパチンと打ち鳴らした。
「仕事んついでに次の就職先にも目ぇつけとくなんち、さすが関西の人は違うっちゃねぇ✌」
「そういうことよ✈」
さらにここで負けじのつもりか、合馬までがやかましく口をはさんできた。
「実を言うと、俺と朽網も行く先に困っちまってたとき、こいつらふたりと東九州街道のド真ん中でバッタリ会っちまってよぉ、きのうの敵はきょうのお互い様ってことで、バッチリ意気投合しちまって、いっしょにのこのこと、この北九州まで来ちまったってわけよ☻ こう見えても関東の人間は竹を割ったみてえにスパッとしてやがるから、過去なんざ簡単に水に流してやるってもんだぜ☝ なあ、朽網よぉ♪」
「お、おう……☁」
このとき初めて、なぜか無口になっている朽網が、ボソッと声を出した。以前はけっこう、舌がベラベラだったのに、それが今では、借りてきた猫の感がありありだった。
「まっ、そういうことでぇ、よろしく頼むぜ、先輩よぉ♫」
そんなかっての配下であった魔術師――朽網には全然構わず、合馬が右手を前に差し出し、かっての敵である孝治に握手を求めてきた。
「は、はい……♨」
孝治はこの話の成り行きを、なんとなくだが警戒した。だけど、あからさまに拒否もできない。そこで恐る恐る、こちらも右手を、そっと差し出した。
「うわっち!」
やっぱり嫌な予感のとおりだった。合馬の握手には、意地の悪い力💪が込められていた。
(どこが竹ば割った性格っちゅうとや☠ いっちょも前と変わっとらんばい☢ こいつらとはやっぱ、少し距離ば置いたほうがええみたい⚠ それとなんか……ようわからんちゃけど、気が遠くなってく気がするっちゃねぇ……☁)
こんな孝治の思いに、気づくはずもないだろう。黒崎が、これまた涼しそうな顔付きで言ってくれた。
「まあ、いろいろあったようだが、こうして全員、丸く収まったようだがね」
孝治の今の状態(右手を合馬によって強く握られている)など、まさにどこ吹く台風ぞ――の態度丸出し。
「みんな、ほんなこつ調子んよか人ばっかしやねぇ☢ 孝治、こげなことでよかっち思う?」
勝手に話を盛り上げる面々を前にして、友美もすっかりの呆れ顔。しかし孝治自身は、このとき実はだんだんと、気持ちがうっすらと霞{かす}んでいくような状態であったのだ。
もっとも孝治のそんな様子には誰も気づかず、特に黒崎の、周囲の空気に無関心な態度は、なにも変わらなかった。
「人間、何事も寛容な心が大切だがや。そこで早速、次の仕事が来てるんだが♡」
「もう次の仕事なんですかぁ☹」
友美がぷくっと、意外に初めての感じで、両方のほっぺたをふくらませた。もちろん黒崎に通じるはずもなし。
「今度は近場での仕事なんだが、山口の貯水池でヒュドラー{多頭蛇}が暴れているので、現地の毛利侯爵から退治の依頼が来てるんだがね。これは先方から戦士と魔術師の組み合わせを要望されているので、孝治と天籟寺美奈子さんたちでちょうどいいだろう。また、合馬さんたちにも別のちょうどいい仕事が来てるんだがや。できればあしたにでも出発をしてほしい」
「俺に異存はねえ♠」
「承知しましたえ♡ 早速ごいっしょのお仕事とは、ここもけっこう忙しゅうおまんのやなぁ♠」
「やったでえ♡ 千秋も大暴れしたるわぁ☆」
合馬、美奈子、千秋の三人。早くもやる気は満々のご様子。ただひとり、すっかり影の薄い朽網を除いて。
だけど孝治にとって三人の歓声は、まるで悪夢の中の幻聴だった。
早い話(使い過ぎだけど、最後まで使う)、軽過ぎるどんでん返しの繰り返し。事の真相と成り行きが急展開過ぎて、自分自身がついて行けなくなったわけ。
「おい、孝治、聞いているがやか?」
「孝治くん、目が変ばい?」
「ちょっと、孝治ぃ! なん、ぼやぁ〜っち顔しとるとねぇ?」
もはや黒崎と勝美と友美の声でさえ、遠い夢見心地の世界の中。そのままふらぁ〜〜っと、意識が薄れていく。
つまりが精神力の限界。
このときわずかに残った聴覚で感じられる状況。それは執務室内における、大騒ぎの始まりだった。
「きゃあーーっ! 孝治が倒れちゃったぁーーっ!」
「おやおや、これはいったい、どないしはったんどすかぁ?」
「けっこう柔{やわ}なネーちゃんやなぁ☻ ほんま、戦士の名が泣きよるで☠」
「同感だな☻ 口から泡まで噴きやがってよぉ☠」
「…………☁」
「本当にどうしたんだがや。きょうの孝治は変だがね。勝美君、熊手君を呼んで、担架{たんか}を持って来させるがや」
「はい、店長✋ ほんなこつ、世話ば焼かせる人ばいねぇ⚠」
などと、各々が勝手なセリフを並べる中だった。孝治の意識が完全に途切れる寸前、耳に聞こえた、微かな苦笑混じりの声。それは今まで黙って成り行きを眺めていたらしい、涼子の遠慮を知らないささやきだった。
『……ったくぅ、生きるってほんなこつ、騒動の連続なんよねぇ⛑ もっともこれが楽しゅうて、あたしもこの世に執着しとるんやけどね☀ これってほんなこつおもしいっちゃけ、成仏{じょうぶつ}なんちもったいないこと、絶対できっこなかっちゃけね♡ あたし、これからの冒険が、とっても楽しみっちゃねぇ♪♫♬』
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