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『剣遊記T』

第七章 ひとつの冒険が終わって、また……。

     (8)

「孝治です! ただいま帰って参りましたぁ!」

 

 ノックよりも大きな声を上げ、孝治は執務室のドアの前で待ち続けた。中からの応答を。

 

 しばらくの間を置いて、返事が戻ってきた。

 

「そがんがばい声ば出さんかて、よう聞こえるばい♨」

 

 まずは秘書である勝美の声。それからすぐに、いつもとまったく変わらない、黒崎のインチキ名古屋弁も聞こえてきた。

 

「ちょうど良かったがや。まあ、入りたまえ。あ、君たち、今当店専属の戦士が帰ってきたようだがね」

 

 黒崎は明らかに、来客の応対をしている様子でいた。

 

「で、では……☁」

 

 孝治は全身、緊張でガタガタ。それでも決断を固め直し、そっとドアを開いた。

 

「うわっち! うわっちぃーーっ!」

 

 とたんになにかがドカンと、孝治に正面からの体当たりを喰らわしてくれた。

 

「きゃあーーっ! 孝治ぃーーっ!」

 

 うしろにいた友美も、ビックリ仰天のご様子。口に両手を当てて驚いていた。

 

 帰店早々、孝治に突然のカミカゼ的特攻をお見舞いしてくれたモノ。それは忘れようにも忘れられない、ロバとユニコーンの合いの子で、角付きのロバであった。

 

「ト、トラぁ! お、おまえやったとかぁーーっ!」

 

 これはまさに、文字どおりでの馬乗り。ただし、逆の意味で。とにかく角付きロバであるトラが、仰向けで倒れた孝治の顔を、長い舌でペロペロと舐めまくってくれた。

 

「うわっち! うわっち! や、やめぇーーっ!」

 

「こらぁ、トラぁ、もうその辺にしといたれや♡」

 

 トラの強引極まる愛撫は、これまた聞き覚えのある大阪弁で、ピタリと停止した。

 

「すまんかったなぁ、ニーちゃん……うんにゃ、やっぱネーちゃんやな♥」

 

 この小憎らしいマセガキ的しゃべり方――千秋もやっぱり執務室にいた。

 

 そうなれば当然の成り行きであろう。孝治の最も恐れている、京都弁の人物も同席していた。

 

「これ、千秋、孝治はんに失礼どすえ♬」

 

 初対面のときから変わらないフード式黒衣姿であるが(本当はそのときは全裸だったが♐)、今は顔を隠していなかった。まさに素顔を堂々と公開している美奈子が、千秋とトラを、優しい口調でなだめていた。

 

 それはそうとして、さすがはロバとユニコーンの合いの子である。ケンタウロスが苦手にする階段を上がって、二階の執務室にちゃっかりと入っていたのだから。

 

「な、なしてねぇ……☁」

 

 そんな万能ロバとも言えそうなトラの出現。さらに美奈子と千秋の再登場の衝撃から、孝治はなかなか冷めることができないままでいた。またそれは、友美も同じ心境のようであった。それでもなんとか言葉をつむぎ出して、たった今再会したばかりである美奈子に尋ねていた。

 

 孝治はほとんど口パク状態であるというのに。

 

「や、やっぱりぃ……孝治とわたしが思うとったとおりになったとですけどぉ……鹿児島に行った美奈子さんと千秋ちゃんが、なしてここにおられるとですか?」

 

「そいつらだけじゃねえぜ☢ 俺たちもいるからよぉ♪」

 

 友美の問いに、美奈子が答える前だった。続いてこれまた意外な声が、執務室の中に響き渡った。


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