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『剣遊記T』

第七章 ひとつの冒険が終わって、また……。

     (4)

「と、とにかくぅ……いっしょの旅は、これでお終い、っちゅうことですね!?」

 

 『わらわ』の件は、もはや棚の上の上。孝治は話を振り出しに戻した。確かに雇った側は自分の都合しだいで、いつでも契約解除が可能。その点で孝治は、とても弱い立場ともいえた。一方で美奈子の返事もあっさり気味――なのだが、どこかうつむき加減でもあった。

 

「そんとおりでおます……☁」

 

 その様子を見ると孝治も、これ以上突っ込む気にはなれなかった。

 

「わ、わ、わかりました✋ そっちがそげん言うとでしたら、こっちはもうなんも言うことはなかです☁ もっとも都合で冒険が中断しても、約束の賃金は払ってもらわんといけん決まりですから……それはそれでよかですか?」

 

「はい、もちろんどすえ☀」

 

 開き直りから、また一転。今度は神妙な態度になって、美奈子が丁寧な仕草で頭を下げた。また千秋も師匠に合わせて、素直に頭を下げていた。

 

 このとき孝治は、最も重大な疑惑である美奈子と女賊の関係も、この際だから尋ねようかと考えていた。だが、美奈子の実に悩ましそうな姿を見たとたん、孝治は思わずで口を噤{つぐ}んでいた。

 

「孝治はん、うちをジッと見つめはって、なにか訊きたいことでもおまんすんでっか?」

 

「い、いや……なんでもなか……です、はい☃」

 

 美奈子から逆に尋ねられ、孝治は慌てて頭を、左右にブルルンと振りまくった。

 

 極めて重大な疑惑のはずだった。それが思いっきりに、気勢を削がれたのだ。美奈子の打って変わった物悲しそうな瞳から、チラリと見つめられただけなのに。

 

「も、もうよかです……じゃ、じゃあ、これにて解散っちゅうことですね☂」

 

「孝治ぃ……それでええと?」

 

 友美がこれじゃ納得できんと言いたげな顔で、瞳を丸くしていた。

 

「ほ、ほんまそれでよろしゅうおますんか?」

 

 さらに美奈子までもが、瞳を丸くしていた。丸くなる原因が、自分自身にあるはずなのに。しかしこのとき、千秋が美奈子の黒衣の右の袖{そで}を自分の左手で引いたことに、孝治は『うわっち?』の気持ちを感じることとなった。だが千秋は別に隠しだてをするわけでもなく、師匠――美奈子にささやくだけだった。

 

「ネーちゃんが『もう、ええ☺』言うとるんやから、それでええやんか、師匠☻ こんまんまふたりで鹿児島まで行こうやないか☀」

 

「そ、そうでおますなぁ……☀」

 

 師匠であるはずの美奈子が、なぜか弟子であるはずの千秋の言葉にうなずいていた。これで孝治の脳内『?』量が、パンク寸前までにふくらんだ。だけど、その真意を訊くことも、やはり無理のようであった。

 

「で、では孝治はんに友美はん、うちらは鹿児島へ行かせてもらいますえ⛴ どうか、お元気でいてくれはりませ♠」

 

「あ、ああ、そちらもお元気で♣」

 

 もはやこれにて結論。形式どおりの別れの挨拶で、美奈子がペコリと頭を下げた。これを受ける格好である孝治も、形式どおりの返答で、やはり頭をペコリと下げるしかなかった。

 

 美奈子と千秋の行く先は、ここから見て真西の方向。帆柱が断言した日南から鹿児島へ向かうには、正解の方角といえた。

 

「孝治、これでよかっちゃろっか? もしかしたら美奈子さんが、ほんなこつ孝治ば女にしたかもしれんとに☁」

 

 早くも道の彼方へと消えつつある美奈子一行(トラも含めて)のうしろ姿を眺めながら、友美が孝治にささやいた。

 

 孝治も同じ方向に瞳を向けたまま、ため息混じりで友美に応えた。

 

「もう……真実なんち、訊く気もなくしたっちゃけね☁ それにもし、美奈子さんが本当にそうやったとしたかて、今さら元に戻すことはもうできん、っち思うっちゃけ☠」

 

「あんとき最初にわたしが言うた、裁判で勝てん、ってことやね☃」

 

 友美の言葉に孝治は無言で、コクリとうなずいた。

 

 さらに友美がささやいた。

 

「今んして思えば、わたしたちが耶馬渓の羽柴公爵の城に持ってった手紙っちゅうのも、今回の騒動に関係あったかもしれんちゃねぇ✍ それも今となっては真相は謎なんやけど、それに、手紙の内容ば店長が知っとったかどうかもわからんし、それにやっぱあの店長が、わたしらに本当のこと、教えてくれるとは思えんわ✄」

 

「それは絶対間違いなかやね☻」

 

 孝治はふふんと苦笑した。友美はさらに続けた。

 

「それはまあ、しょんなかっちゅうことにして、大事な和議の文書ば、博多の本城やのうて、支城である耶馬渓に置いとうっちゅうことが、そもそも秘密を隠すんには良かったんかもしれんばい✊」

 

「まっ、そこにも合馬のおっさんが出しゃばっとったんやけどね☻」

 

 孝治は二回目の、ふふん苦笑をした。

 

「ついでに言うたら、あの日が嵐やのうてただの晴れやったら、おれもこげな変な災難に遭わんで済んだんかもしれんちゃねぇ✄ 晴れとったらさっさと城から離れて、もしかして美奈子さん……やない、女賊とも会わんかったわけやけね⛔」

 

『すべてはこれ、運命ばい♠ そげんなったらあたしかて、もしかして男やった孝治と会うことになっとったとやろっか?』

 

「ははは……☺」

 

「それも有り得た話っちゃね☞」

 

 お終いである涼子のささやきには孝治は応えず、代わりに友美が言ってくれた。


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