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『剣遊記T』

第七章 ひとつの冒険が終わって、また……。

     (3)

 美奈子は千秋と肩を並べ、静かに木の根元で腰を下ろしていた。そこへ孝治は駆け寄り、開口一番、単刀直入で尋ねてみた。

 

「美奈子さん、これからどげんする気ですか? このまま鹿児島まで行くとでしたら、おれは初めの契約どおり、最後まで護衛しますけどぉ……⛴」

 

 これに美奈子は顔を上げ、孝治にとって、予想外な返事を戻してくれた。

 

「……ほんま、おおきにどすえ♥ うちと千秋は、このまんま続けて鹿児島まで行くつもりでおます☞ ただ、護衛はもう無用でおますさかい、ここでお別れにしとうおまんのやけどぉ……☁」

 

「…………?」

 

 この瞬間、孝治は脳内が反転。空白状態になった気持ちがした。

 

 それから一陣の風が吹き、舞い上がった埃と火山灰で、孝治はしばし咳き込んだ。

 

「うわっぷ! げほっ! ごほっ!」

 

 ようやく口から言葉が出せるまでに精神が回復したときには、周辺の空気の流れは収まっていた。しかし孝治自身の声音は、思いっきりに裏返っていた。

 

「お、おお、おおお、お別れぇーーっ!」

 

 それでも美奈子は孝治に対し、あっけらかんとした態度で応じるだけ。

 

「はい、どすえ☕」

 

 ここで孝治の動揺っぷりを見てか、代わって友美が美奈子に尋ねた。

 

「美奈子さん、いったいどげんしたとですか? 旅はまだぁ……おsの、途中なんですけどぉ……✈」

 

「そ、それは……どすなぁ……☁」

 

 質問に答える美奈子の口調には、どことなく歯切れの悪い感じがあった。

 

「……うちと千秋の任務を邪魔する者は、もうおりまへん⛑ 羽柴家に東京からの回しモンとして潜入してた合馬はあのとおり、腑抜けになっておりますよってに、もううちらを邪魔することは金輪際あらしまへん、と思いますさかい⛑☀」

 

「そ、そうけ☁」

 

 孝治と友美と涼子の三人はそろって、離れた場所であぐらをかいている、合馬と朽網に瞳を向けた。

 

 確かに見た感じでは、ふたりからは『やる気』が完全に失せているようだった。あぐらをかいていながら大木の下に入らず、頭に積もる灰を掃おうともしない態度を見ても、そうとしか思えなかった。

 

「なるほどっちゃねぇ〜〜☠」

 

 孝治はなんとなくで納得した。だがここで、美奈子のセリフのある部分に、改めてツッコミを入れてみた。

 

「ところで美奈子さん、今まで『わらわ』なんち、いかにも京都ん人らしか言葉ば使いよったとに、なして急に『うち』に変わったとですか?」

 

 これ以上に重大な疑惑(美奈子と、あの女賊の関係)もあるのだが、とりあえずは自称の仕方が先決となった。

 

「そ、それは……☃」

 

 孝治の問いに、美奈子が口を澱{よど}ませた。それはいかにも、痛い点を突かれたような感じの表情であった。

 

 そんな美奈子の右耳に千秋がそっと口を寄せ、なにやらゴニョゴニョと話しかける様子。

 

「うわっち?」

 

 ふたりのあからさまなやり取りに、孝治はまた新たな不審を感じた。だが、この『ゴニョゴニョ』について、訊いてみる暇{いとま}もないままだった。美奈子の顔が返事に困っている感じから、百八十度転換。急にはきはきとした言い方に変わったのだ。

 

「それは昔から言いはるやおまへんか☠ 『敵を欺くには、まず味方から⚠』どすえ☀ そやさかい、ここではどないしたかて、うちの素情を隠す必要がおましたんで、孝治はんと友美はんには悪いなぁ、思いつつ、自分で呼び方を変えていたんどす✌ そやけど、もうその必要がなくなりましたよってに、言い方が自然に元に戻ったようでおますなぁ☀」

 

「…………☁」

 

 これではほとんど、居直りの域である。孝治は口が、ポカンの思いになった。

 

「……って、『敵ば欺くには、まず味方から⛑』っちゅうてもやねぇ……おれたちば欺く意味が、いっちょも無か、っち思うっちゃけどねぇ……☃」

 

 孝治の疑問の上に疑問を重ねたさらなる疑問にも、美奈子はやはり、お構いなし――の態度でいた。

 

「それにぃ、いくら京都やから言いはっても、今どき『妾{わらわ}』なんて言いはる女子{おなご}はんは、ひとりかておりまへんのやで☠」

 

 今や美奈子は、完全に開き直りの極致。これでは孝治も、怒り心頭というものだ。

 

「な、なんねえ! それじゃ美奈子さん、今までずっとばかぶっとったとね! なんかすっごうムカつくとやけどねぇ!」

 

「孝治っ!亀やなか! かぶるんやったら猫やけね! いったいどこで間違えて覚えたと?」

 

 友美までが孝治に突っ込んでくれた。

 

 だけど友美のツッコミのおかげで、孝治はなんだか、頭から湯気の気持ちが、急激に冷めてきた。

 

「もう、よか!」


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