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『剣遊記11』

第一章  嵐を呼ぶひと目惚れ。

     (9)

 同時刻。未来亭の一階厨房で陣取る給仕係の乙女たちの間では、いつもの雑談が花を咲かせていた。

 

「由香、聞いたね?」

 

「なんを?」

 

 同僚である七条彩乃{しちじょう あやの}からの問い掛けに、一枝由香{いちえだ ゆか}の返答は、まるで素っ気のないセリフとなっていた。

 

 このため彩乃は少しだけだが、腹が立つ気分になった。

 

「『なんを?』って……来ちょるとでしょ! 店長の従妹の沙織さんたちが、またやね……☻」

 

「そんくらい、もう聞いとるっちゃよ♠ 今朝、店長が直接教えてくれたっちゃけ♣」

 

「あ、そ……☁」

 

 彩乃はなんだか、これ以上の問いをしても、無駄な気持ちになった。

 

 このように、どこまでも暖簾{のれん}に腕押しな感じである、由香の対応ぶり。しかしこれには、次のような理由があった。それは由香の恋人魔術師である牧山裕志{まきやま ひろし}がまた、先輩戦士荒生田和志{あろうだ かずし}から強引に引っ張られ、遠く異境の地へと冒険に連れていかれているからだ。おかげで現在、由香の心境は、まるで魂が抜かれている状況に近いものとなっていた。

 

「う〜ん☁ にゃんだか張り合いってもんがにゃいっちゃねぇ〜〜☁」

 

「そうぞな☁ 沙織さんっていえば、必ずいっしょに来るじゃない☛ 例のシルフさんが☛」

 

 話を横で聞いて歯痒く感じたのだろうか。夜宮朋子{よみや ともこ}と皿倉桂{さらくら けい}も、ふたり(由香と彩乃)の間にしゃしゃり出た。

 

 前回、沙織、泰子、浩子の三人組が未来亭を訪れたとき、大変な騒動が起こったことを、彼女たちはしっかりと記憶に残していた。それもけっこう、おもしろかった思い出として。

 

 そんな朋子が続けた。

 

「こにょ前はウンディーネ{水の精霊}の面子にかけて、シルフの泰子さんと大ゲンカしたにゃんけど、今度はどげんにゃると? あにょときの決着は、みゃだ着いてにゃいんでしょ♐」

 

「ああ、あれっちゃね✈」

 

 そこまで言われて、由香もようやく、同僚たちの言いたい話の内容に気づいた感じ。

 

 ここでくわしく説明を行なえば、由香はウンディーネ。また泰子は前述のとおり、シルフである。

 

 これはこれで、別になんてことはないはず――なのだが、問題はもっと根深い所にあった。それは世間一般ではあまり知られていない裏話であるが、同じ精霊同士でありながら、この二種族はお互い非常に相性が悪い。そのため前回、顔を会わせるなり由香と泰子がケンカをおっ始め、店に大損害を与える事態にまで発展した。それを周囲で見物していた給仕係たちが、この惨劇を思いっきりにおもしろがっていたのだ。

 

「で、当然やるばってんね! リベンジ戦ば♡」

 

 さらに真意を確かめるかのようにして、彩乃が下から、由香の顔を覗きみた。一時はシラけ気分になったものの、朋子と桂によって触発され、初めの好奇心がよみがえったようである。

 

 しかし由香は、そんな彼女たちを一笑した。

 

「まさかぁ、もう済んだことっちゃよ☀ 今どき精霊同士、過去の怨念なんち、関係なかでしょ☀」

 

「ふぅ〜ん、そんなもんけぇ?」

 

 彩乃はいまひとつ、由香の言葉が納得できないご様子。実を言えば、みんなには話していないのだが――また『あれ』で和解と言えるのかどうかも心もとないのだが、一応由香は、泰子から謝罪――『ごめんだす』の一文を受け取っていた。

 

 さらにウンディーネはその名に恥じぬとおり、何事も水に流すのが早かった。

 

「なぁ〜んね、つまらんばってんねぇ☠」

 

「もう、勘弁してつかーさいよぉ☠」

 

 彩乃や桂たちが、もろ『がっかり』気味の顔となった。そこへまた、いつものパターン。

 

「ねえねえ! 今お店で聞いたっちゃけどねぇ!」

 

 勤務中のくせして、絶対片手にチョコレートを忘れない香月登志子{かつき としこ}が、『ええ情報ありまっせ♡』と言いたげな顔付きで、厨房へと駆け込んできた。

 

「なんね? 沙織さんたちになんかあったと? どうせまたあたしば出汁{だし}にして、盛り上がるつもりなんでしょ♨」

 

 由香が本心丸出しにして、登志子に顔を向けた。それでも肝心の登志子は、チョコをパクつきながら、ベラベラとまくし立てるばかりでいた。

 

「ううん♥ そげん大したことやなか☛ ただ東京から来てる店長の従妹の沙織さんが帆柱さんといっしょに、福井県まで同行するって言い出したとよ☞」

 

「なんね、それって?」

 

 話の意味がよくわからず、由香を始め給仕係一同の瞳が、一斉に小さな点となった。


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