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『剣遊記11』

第一章  嵐を呼ぶひと目惚れ。

     (10)

 時間を少しだけ遡る(恒例)。

 

「ねえ、お兄様! いいでしょ! わたしもキャラバン隊に同行させて!」

 

 中庭でいきなりこのような懇願を従妹の沙織から受けたものの、黒崎はすぐに、返事ができなかった。しかし、いつもなら『健二お兄様』と呼ばれるところ。それを直接的に『お兄様』と呼称変更されている辺りに黒崎自身、只ならぬ従妹の決意と気迫を感じていた。

 

「だがなぁ……沙織……」

 

 初めはそれなりに困惑したものの、すぐに冷静さを取り戻し、黒崎は沙織を諫めるようにして返答した。

 

「言っておくが、キャラバン隊の護衛が楽な仕事でにゃーのを知ってるとは思うが……長い悪路をひどく揺れる幌馬車で進んで行かにゃーいかんし、また山中には商品を狙う山賊もおるし、どんな怪物が潜んでるかもわからんがや。帆柱君と孝治は、それらの襲撃から依頼人を守るため、それこそ神経をすり減らして同行するんだ。沙織にそれができるがやか?」

 

 真にもって、実に黒崎らしい、紳士的な説得(?)――だけど、もうひと押しに弱かった。

 

「それなら大丈夫よ♡ わたしには泰子と浩子がついてるから♡」

 

「彼女たちが?」

 

 黒崎の左横で飛翔している秘書の勝美が、はっきりと疑問の目線で、店長の従妹のうしろに控えるふたりの女子大生に瞳と顔を向けた。

 

 シルフとハーピーである以外は、なんの変哲もない彼女たちを。

 

 その点は黒崎も、すでに承知のうえでいたようだ。

 

「こう言っては大変失礼とは思うがや。しかし、彼女たちがなんの力になるがやか? 確かに泰子さんのパワーは、先ほどお目にしたばかりなんだが……」

 

「そのお目にしたパワーが凄いんでしょ! どんな山賊や怪物が出たって、泰子が起こす台風でイチコロなんだからぁ♡」

 

 沙織のセリフは、早い話が他力の本願。それでも確かに、頼りになると宣言をすれば、そのとおりではあった。

 

 そんな風で、一応期待をかけられている泰子に、浩子がそっとささやいた。

 

「ねえ、あたしたちって沙織から、ずんねぇ当てにされてるけど……だけんがこれでいいっぺかなぁ?」

 

 これに泰子が、恒例の澄まし顔で応じていた。

 

「ええんでないかい♡ わたすもキャラバン隊護衛ってのに興味あったんだがら、こいはこいでええ社会勉強ってもんだべぇ♡」

 

 つまり、三人の意見は大方一致(少々の異議あり☻)。こうなれば、黒崎のほうは完全に押され気味の模様。そんな黒崎が『困ったがや』の面持ちで、今度は自分の左に控えている帆柱に顔を向けた。

 

「どうだがや、帆柱君? ここは当事者としての君の意見が聞きたいのだが」

 

「そうですねぇ……♣」

 

 帆柱は店長からの問い掛けに、しばし両腕を組んで考えるご様子。だけど、結論も早かった。

 

「俺は……わかりました♠ 沙織さんたちの護衛も引き受けますばい♠」

 

「そうか、すまない」

 

 帆柱にも黒崎の気持ちが理解できているようだった。帆柱は、伊達に店長と長い付き合いをしているわけではない。意味合いは少々異なるだろうが、『困ったときはお互い様✌』の精神だろうか。

 

「やったぁーーっ♡ 帆柱さん、ありがとぉーーっ♡」

 

 これにて沙織は、早くも舞い上がりの極致。そんな彼女が黒崎に――ではない。帆柱に飛びついた――とは言っても、抱きつく相手は背たけが人並み以上に高いケンタウロス。これでは結果的に、帆柱の馬体のほうだけに飛びつく格好となる始末。それでも帆柱は、大いに慌て気味となった。

 

「ちょ、ちょっと、沙織さん! そげなこつせんでもよかですよぉ! 俺が体ば下げますけぇ!」

 

 それから仕方なくのようにして、帆柱が四本の脚を折り曲げ、地面にしゃがむ姿勢を取った。

 

 戦闘の達人であり、どのような場合でも不利な体勢を良しとはしないケンタウロスの帆柱にとって、これは非常につらい役回りであろう。

 

「やはりすまない、帆柱君。今回だけに限りたいが、僕と沙織のわがままを聞いてくれて」

 

 黒崎が帆柱に向け、懸命に頭を下げていた。その光景を孝治、友美、涼子の三人は、同じ中庭の少し離れた場所にあるベンチに座って、なんだかおもしろい某Y新喜劇でも観るような気持ちで見物していた。


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