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『剣遊記11』

第一章  嵐を呼ぶひと目惚れ。

     (8)

「店長、この方たちは?」

 

ここで、今まで話の外にいた帆柱が、黒崎にこそっと耳打ちをするようにして尋ねかけた。もちろん背たけが高いので、少し身をかがめるような感じで。この様子を横から眺めながら、孝治は今さらながらにつぶやいた。

 

「おっと、そう言うたら先輩と沙織さんっち、きょうが初対面っちゃねぇ♐」

 

 無論その点は、黒崎も承知をしているようだった。彼は沙織たちを、帆柱の前に整列させた。

 

「ああ、東京から来た僕の従妹で、名前は桃園沙織だがね。遊んでいるように見えるが、これでも立派な大学生だがや」

 

「もう! 健二お兄様ったらぁ★」

 

 従兄から、からかい気味な紹介をされたためであろう。沙織の顔はこのとき、ほんのりと静かな赤味を帯びていた。

 

 もっとも帆柱のほうは、そこまでは意に介していない様子であった。

 

「そうですか☺ それはよろしく、帆柱正晃です!」

 

 高い背丈の上から、帆柱が沙織に握手を求めた。

 

「は、はい! こちらこそ!」

 

 沙織は一生懸命に背伸びをして、帆柱の握手に応じていた。その声音は孝治の耳にはまるで、裏返っているように聞こえていた。

 

「それと、こちらが沙織の友人で永犬丸泰子さんと大蔵浩子さんだがや。彼女たちは未来亭への賓客として……」

 

 黒崎はまだ、残りのふたりを紹介中でいた。それなのに沙織と帆柱の握手は、今も継続中となっていた。

 

「ねえ? 沙織の様子……なんか変って思わねえぺ?」

 

「んだ、わたすもそえふうに思うだぁ♐」

 

 浩子と泰子も、すでにある予兆に気づいている感じでいた。ところが黒崎だけは、この状況を、気にもしていない素振りのままだった。

 

「帆柱君と孝治、それに友美君の三人は、今度キャラバン隊の護衛で北陸の福井県まで遠征することになっとうがや。それで剣の手合わせを行なってたんだが、なにか訊きたいことがあれば、今のうちに訊いておくがええがや」

 

 けっきょく相も変わらず、事務的な説明を行なうばかり。それがまた、耳に入っているのかどうかはわからないのだが、沙織の返事も、妙にうつろ気味となっていた。

 

「……はい……☁」

 

「これって、あてもねーくれえヤバいこどだぺぇ☠ さーしぶりに起こった不吉な前兆っしょ☠」

 

「ときどきよいでねえんだぁ☁ わたすたちもやっとが覚悟さ決めねえと、おがいけねえようだなぁ☠」

 

 この浩子と泰子の会話は、孝治と友美の耳にも、とっくに入っていた。

 

「なんか……いつもんどおりの波乱の幕開けって気がするっちゃけどぉ……友美はどげん思うや?」

 

 孝治の問いに、友美も頭をコクリとうなずかせた。

 

「そうっちゃねぇ……そやかてわたしも先んこつわからんとやけどぉ……いつものパターンってことにならんかったらええっちゃけどねぇ……☁」

 

 早い話。この場に居合わせている面々の胸の中。なんとも言えない不安感が込み上がっていた。そんな中、唯一ひとりだけ、能天気に状況を楽しんでいる者もいた。

 

言わずと知れた、涼子であった。

 

『まあ、よかっちゃやない♡ なんだっておもしろけりゃさぁ♡ 騒動があっての人生ってもんでしょ♡ それに幽霊のあたしかてそれば楽しむ権利があるっちゃけ、みんなもいっしょに楽しんだらええやない♡』


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