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『剣遊記11』

第一章  嵐を呼ぶひと目惚れ。

     (6)

「よっしゃ、きょうはこんくらいにしとうこうかね☀」

 

 鍛練が続いて、さすがに体が熱くなってきたようだ。帆柱が額の汗を、右手の甲でぬぐっていた。馬体には特になにも装着していないが、人である上半身にはしっかりと革製の鎧を着込んでいるのだ。従って激しい運動が続けば、どうしても体が熱を帯びるわけ。

 

 もちろん鎧装備であれば、それは孝治も同じ。いや、こちらは女性用の鎧がピッタリと体型に密着している分、帆柱よりも汗がだくだくの状態となっていた。

 

「ふぅ……やっと休憩っちゃね☃ きょうの先輩、えろう熱が入っとうっちゃねぇ☀」

 

「孝治ぃーーっ!」

 

 地面に腰を下ろし、ようやく孝治はひと息を吐いた。そこへ友美が、ふたりの戦士の元へと駆けつけた。

 

「冷たい水、持ってきたっちゃよ♡ 先輩もどうぞ♡♡」

 

「おっ♡ すまんちゃねぇ♡」

 

 友美は両手に、冷水の入ったコップをふたつ載せたトレイを持っていた。

 

「おお、ありがとう♡☆」

 

 帆柱も恩恵に授かり、水をご相伴。大きな体格そのまま、コップの水を一気に飲み干した。

 

『うわぁ〜〜、凄かぁ〜〜!』

 

 この場にいる中で見えない者は帆柱だけなのだが、涼子もしっかりと、友美についていた。その涼子は、すでに瞳も慣れているとは言え――だった。ケンタウロスの体格は背が低めの彼女にとって、まさに見上げるほどの迫力ものであるらしい。それでも幽霊がすぐ身近にいるとは知らないまま、帆柱が孝治に向けての説教を始めてくれた。

 

「孝治、同じ小言ば繰り返すっちゃけど、おまえの剣には性別が変わったことでの甘えがあるみたいっちゃぞ☠ これも繰り返しやが、敵は女でも絶対容赦ばせんのやけ☞」

 

「はい……わかっちょります……☠」

 

 尊敬している先輩からの有り難いお言葉なので、孝治は一応、すなおに応じる振りをした。だけども内心では、密かな反抗心も付け加えていた。

 

(先輩が言う『敵』っち、いったいなんやろっかねぇ? 今が戦争中でもあるまいし……でも確かに先輩が言うとおりおれって、今のおのれの状況ば利用しまくりようっちゃねぇ……☁)

 

 ほんの一年前まで、孝治は立派な男性であった。しかし今は不本意ながらも女性である身。だからここで帆柱に反論するとすれば、それこそ女性の利点(?)をうまく使っての、敵への対抗策(先ほど言われた色仕掛け)になるだろう。ただし現状では、あまり大っぴらにはできない戦法でもあるが。

 

「でも……言い訳したかなかとですけど、女性が筋力とか体力で男よかやや劣るっちゅうのは、これは仕方なか事実やなかですか☝ もちろんおれかてそれば自覚して、より一層の鍛練に励んじょりますけどぉ……✍」

 

 孝治の思いっきりな言い訳に、やはり帆柱は容赦をしなかった。

 

「まさにそれこそ泣きごとやな☟ それにその言い分は、ひとつの女性侮辱発言にもなるっちゃぞ☠ そげん言うとやったら、清美んこつば思い出せ♐ 彼女がひ弱に見えるけ?」

 

「あいつ……やなか☠ 清美は特別で例外ですっちゃよ✄」

 

 帆柱に言われ、孝治の頭に同じ未来亭に属する、女戦士の顔が浮かび上がった。現在は遠くの仕事で不在中なのだが、子分である徳力良孝{とくりき よしたか}を従えた本城清美{ほんじょう きよみ}の、豪快極まる大笑い顔が。

 

「清美やったら、たとえおれが今でも男やったとしても、絶対に勝てんっち思いますっちゃよ☠」

 

「ふたりとも、なかなか張り切っとうようだがや☆」

 

「あっ、店長!」

 

 突然の聞き慣れた風格のある声で、すぐに孝治はうしろへ振り返った。


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