前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記11』

第一章  嵐を呼ぶひと目惚れ。

     (5)

「たあっ! 孝治っ! 腰が甘かぁ!」

 

「うわっち! 先輩参ったぁ!」

 

 黒崎と女子大生三人組が、執務室でなごやか(?)に歓談を行なっているのと、同時刻。同じ未来亭の中庭で、戦士の鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}は先輩戦士の帆柱正晃{ほばしら まさあき}から、剣の手ほどきを受けていた。それも初めっからの予想どおり、帆柱の稽古は、とても厳しい実戦形式であった。

 

「構えに気合いば入っとらん! いくらおまえの性別が変わったからっちゅうて、敵は手心も情けもかけてくれんとばい!」

 

「わ、わかっちょります……わかっちょりますけどぉ……おれと先輩がそもそも戦うっちゅうことに、そーとー無理があるんちゃいますけぇ……☠☁

 

 尊敬している帆柱先輩からの叱責に、孝治は思わずの弱音を吐いた。

 

 実際に、それも無理なかっちゃよ――などと、孝治は自分で自分をなぐさめた。なぜなら帆柱の背たけは孝治の頭上よりも、遥かに見上げた位置にあるからだ。

 

 それも当然。帆柱は人間の上半身に馬の下半身(胴体部分)を備えたケンタウロス{半馬人}である。従って、彼の打ち下ろす剣の破壊力も、常人とは格段に違う威力があった。

 

 対する孝治は、同じ職業戦士とはいえ、変わる前からそんなに背の高いほうではなかった。

 

 なお、ここで『変わる前から』と記したが、変わる前だと孝治は男性――だった。それが現在では、大幅に姿格好が異なっていた。

 

 それを帆柱が言ってくれた。真にもって、身もフタも無い感じで。

 

「駄目っちゃ! 女であるけ、なおさら敵に隙ば見せたらいかんとばい! まさかっち思うとやけど、もしも色仕掛けで相手ば欺こうっち考えよんやったら、まあ話は別っちゃけどな☀」

 

「うわっち! そげな気色悪かこつ、考えちょらんですよ☠」

 

 一見大真面目風に、帆柱は図星を突いてくれた。孝治は大慌てで、頭を横にビュンビュンと振りまくった。

 

 これらの会話からもわかるとおり(わかるんけ?)、鞘ヶ谷孝治なる戦士は女性であるのだが、それは現在の話。ずっと以前は立派な男性であったのだ。だけどこの話は、今さらくわしく経緯を説明するまでもないだろう。

 

『案外、帆柱先輩の言うとおりやったりしてね♡』

 

 そんな性転換戦士(?)――孝治を見つめる、四つの瞳あり。

 

「……否定はしたかとやけどぉ……孝治っちときどき、わたしの思いも寄らんこつしようけんねぇ……☁」

 

 最初の声が発したセリフに、次の声がため息混じりで応じていた。

 

 このふたりは中庭の花壇の横にあるベンチに座って、孝治と帆柱の練習風景を見物していた。ただし、端から見ればベンチには、ひとりしか座っていないように見えていた。

 

 そのひとりは、小柄な体格にピッタリと合っている、革製の小鎧を着用。さらに髪は、ショートカットの風采。彼女の名前は、浅生友美{あそう ともみ}という。

 

 友美は孝治の修行風景を、始まりのときからずっと、心配そうに見つめていた。そんな友美の右隣りにはもうひとり――いるはずなのだが、こちらはいくら近づいたところで、絶対に見えるはずはなかった。なにしろ彼女は、この場で同席している友美と、もうひとり――孝治以外には姿が見えないし、また声も聞こえない存在であるのだから。

 

 見えない彼女は、自分のそのような特性を、充分以上に熟知していた。そこで危ない企みを、友美相手にほのめかした。

 

『ねえ、こんまんまやったら孝治の面目が立たんちゃけ、あたしがポルターガイスト{騒霊現象}で加勢しちゃおっか? 今やったら剣の弾みっちゅうことで、絶対バレんっち思うっちゃけ♥』

 

「だ、駄目っちゃよ! そげなこつしちゃあ☠」

 

 他人には見えないが、自分の瞳には見える彼女――幽霊娘曽根涼子{そね りょうこ}の悪だくみを、友美は即座に頭を横に振り、全力をもって慌てた感じで却下した。

 

 御覧のとおり(と言っても見えないのだが)、涼子は実に性格の悪い幽霊である。これでも生前は貴族の令嬢だったらしいのだが、若くして逝ってしまった不幸のためか、別にこの世に大きな未練を残しているわけでもないのに、成仏を拒否して現世に居座っている、言わば問題児なのである。しかも他人からは見えない姿を充分に活用して(孝治と友美を除く。理由はもはや、説明不要だろう。何度も繰り返しているから)、いつも全裸でこの世を徘徊しているのだ(作者談、もしもこの世界に『カメラ』なる物が存在していたら、さすがの涼子も、ここまで大胆にはなれなかったと思う⚠)。

 

 それと、さらに驚くべき事実もある。それは涼子と友美がまさか本当に双子の姉妹ではないかと見間違うほど、見事にウリふたつな顔をしているのだ。

 

 もちろんふたりは、赤の他人同士。それにしてもふたりは、常識外れに似すぎていた。だからこれで、もしも――である。涼子の姿が孝治と友美以外にも見えていたとしたら、これはこれで、また別の大きな騒ぎへと発展するであろう。

 

 まあ、今現在のところ、特に問題にはなっていない(なかなかこの設定が活かせないだけ)。今の話はいつもどおり、棚に上げることとしよう。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system