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『剣遊記11』

第一章  嵐を呼ぶひと目惚れ。

     (4)

 とたんに暴風が、ピタリと止んだ。あとに残された惨状は、ひと部屋だけでの台風一過の有様だった。

 

「いやはや、これは参ったがや。部屋の片付けは、あとで熊手君に頼むとして……」

 

 床全体に散らばった書類の束を勝美といっしょに整理しながら、黒崎が深いため息を吐いた。そんな黒崎と勝美の目の前で、当の泰子が、風から元の実体の姿へと還元されていた。

 

「どうだす? こいがシルフの本領発揮ってもんだがらぁ♡」

 

 泰子はやや苦笑じみている黒崎を前にして、いかにも誇り高き精霊らしく、堂々と胸を張っていた。

 

「お望みだば、もっとすったげな技も披露して差し上げるんだげど、どんたらもんだべぇ?」

 

 今やすっかり鼻高々気味となっている泰子に、沙織がうしろからそっと、小さく声をかけた。

 

「泰子……あなた、自慢してる場合じゃないわよ☠」

 

 すぐに泰子も、うしろに振り返った。

 

「えっ? どんただしただか?」

 

「はい、これ☞」

 

 沙織は自分の手に持っている物を、泰子の前に差し出した。それは泰子がつい先ほどまで着ていた、スーツとスラックス――それと下着に他ならなかった。

 

「ああっ! これぇ!」

 

 そうなのである。泰子は自分の大言どおり、堂々と『胸』を張っていたのだ。

 

 完全に素を晒している格好で。それも一応可憐な乙女(?)が、大人の男性の目前で。

 

 このあとの描写は、もはや説明の必要もなし。

 

「きゃああああああっ!」

 

「ほらぁ! 叫んでないで、早く服を着なさいよぉ☠」

 

 慌てて床にしゃがみ込んだ親友――泰子に、これまた少々慌て気味。沙織が急いで泰子の白い背中に、バサッと白いスーツをかけてあげた。

 

 この場(執務室内)では服を着せる余地がまったく無いので、今は彼女の裸を隠すしか、他にできる行動がなかった。そんな修羅場なところで、紳士(?)である黒崎氏が、咳払いをひとつ。

 

「あ〜、こほん……」

 

 それからくるりと、沙織たちに背を向けた。

 

 もちろん黒崎とて、顔面の紅潮化は避けられなかった。そのような黒崎の可愛い様子を、秘書の勝美がくすっと、微笑みながらで見つめていた。さらに浩子も黒崎の右横に飛んで、楽しそうな顔をして話しかけてきた。

 

「あじょうだ? あたしたちって、おもしろいっしょ♡」

 

 これに顔を赤く染めたまま、笑みを浮かべて黒崎が応じた。

 

「うん、確かにそのとおりだがや」

 

 ここで黒崎の名誉のために記しておこう。これは思わぬ成り行きで、泰子の裸を拝見してしまったトラブルの笑みではない。それよりも未来亭に、また新しい仲間が増えた展開による、喜びの表現なのである。


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