『剣遊記11』 第一章 嵐を呼ぶひと目惚れ。 (3) これにて黒崎から、事実上の認可を頂いたような格好。泰子は得意そうな顔になって、ソファーから腰を上げた。
「せばぁ、ここは屋外じゃねえから、小規模な風の術に抑えておぐんだがらぁ♐」
「そうかい。それはとにかく楽しみだがや」
ここで珍しくも茶目っ気が出たのだろうか。黒崎がパチパチパチと、簡単な拍手👏を行なった。
そのすぐあとだった。執務室の中心に立った泰子の姿が、まるで霞{かすみ}のように薄れだした。これはシルフの体が、風化を始めた前兆なのだ。
「始まったわよ! 健二お兄様、伏せて! 勝美さんも飛ばされないように!」
「えっ?」
「はい!」
沙織の声で黒崎は口をポカンと開け、勝美は言われたとおり、さらに力を込めて事務机にしがみついた。それから沙織と浩子が床まで身を下げたタイミングと、ほぼ同時だった。泰子の着ていたスーツとスラックスが、突然フワリと宙に浮いた。しかも突然の強風が、執務室内で荒れ狂った。
窓はふつうに開いているが、それとはまったく関係なし。風は完全に、室内だけで吹きまくっていた。
「きゃあーーっ!」
飛ばされまいと必死の様子である勝美が、予想以上であったに違いない強風で、甲高い悲鳴を上げていた。
「こ、これがシルフの力なのかぁ!」
日頃、冷静と能面を自分の看板にしている黒崎も、さすがに驚きの表情が隠せなかった。
これに沙織が、床に伏せたままの姿勢で応じた。
「そ、そうなの! 泰子が本気出したら、木造の建物くらい簡単に木っ端微塵なのよぉ!」
「そ、それはまずいがや!」
そこまで物騒なことを言われては、黒崎も自分の好奇心が、かなりの浅はかだったと思い知らされた。そんな室内では今も強風が吹きすさび、書類や紙切れが飛び散っていた。
「あとでこれば直すの、私の仕事ばいねぇ☠」
勝美が机にしがみついたまま、深いため息を吐いていた。
「わ、わかったぁーーっ! シルフの力は充分肝に命じたがやぁ! だからこの辺で元に戻ってくれぇ!」
黒崎もたまらず、ふだんは発しない大声で、得意技を披露中であるシルフ――泰子に訴えた。また沙織も沙織で、声には出さずにつぶやいていた。
(健二お兄様にここまでのことを言わせるんだから、泰子もよくやるわよねぇ〜〜☻)
その沙織自身も、いまだ床に伏せたまま。それも匍匐前進しながらで、散らばっている泰子のスーツにスラックス、それに下着なんかを拾い集めていた。なにしろこれをしておかないと、泰子自身があとで困ることになるものだから。
「泰子っ! もういいわよ!」
とにかくこれ以上、室内小型台風を続けさせるわけにはいかない。沙織は吹きまくる風に向かって呼び掛けた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |