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『剣遊記[』

第三章 三枝子とひなワシ。

     (9)

三人の密猟者どもは孝治たちの手により、全員荒縄でグルグル巻きにされた。

 

縄は清美が徳力に命じて、麓の村からわざわざ持って来させた物である。それも本来は家畜の牛を繋ぐための、かなり頑丈なシロモノだった。そんなものだから屈強な野郎どもがいくら力を合わせたところで、簡単にはちぎれない強靭さがあった。

 

「わっどみゃあーーっ(熊本弁で『おまえたち』)! たかが鳥ば殺ったくれえでこげなん、やり過ぎやろうがぁーーっ!」

 

 気絶中に雁字搦めに縛られた密猟者どもであったが、そこは当然、反省の色などカケラもなし。それどころか捕まっていながら、薄ら笑いさえ浮かべる開き直りぶりを見せつけてくれた。

 

「だいたいわっどみゃ、俺たちば裁く資格なんかなかろうもぉ! それとも儲けの分け前がほしかとやったら、さしおり考えてもええばってんけどなぁ☻」

 

 三枝子はこのような醜い姿ばかりさらす彼らを、むしろ憐れむような感じで見つめていた。

 

 一応イヌワシの仇は討ったあとである。だからこれ以上、彼らに制裁を加える気持ちは、もうさらさらも無いのだろう。それでもなにか、釈然としない気持ちが抑えられない――端で見ている孝治には、そんな風に感じられた。

 

「さて、こんあんじゃもん(熊本弁で『お兄さん』)ども、どぎゃんしよっかねぇ?」

 

 ところで実際に制裁ともなれば、やはり清美のほうが断然積極的でいた。

 

「ぬしゃら立派な犯罪者やけん、こん場で煮て食おうが焼いて食おうが、好き勝手ばできるとやけどねぇ☠」

 

 まさに舌舐めずりの様相を見せびらかしながら、女豪傑こと清美が、両手の指十本をポキポキと鳴らしていた。これは現場到着が遅れ、けっきょくなにもできなかった腹いせを、絶好の機会で晴らすつもりなのだろうか。

 

 もちろんそれを本当に実行すれば、孝治たちのほうが暴行傷害罪となるわけだが。

 

「うわっち……これでまた血ぃ見ることになるっちゃねぇ♋」

 

 晴らす相手が明白な悪者なので、孝治としても、別に止める気にはならなかった。ところがここで、意外な話の流れ。荒生田が清美の前に堂々と歩み出て、右手で彼女を制するような態度に出たのだ。

 

「まあ、待ちんしゃい☺ こげな連中ばしばいたところで、こっちが犯罪者になるだけ損ちゃねぇ☢」

 

 などと、これまたいつもとは正反対な、見事極まる真っ当発言。これには当然、清美が猛反発をした。

 

「なんば言いよっとや! ぬしらしゅうもなか、まともな言い方してからにぃ! いつもんぬしなら、ここぞっちあたいとおんなじことやってっだろうがぁ!」

 

「そんとおりなんよねぇ☻」

 

「わたしもそげん思う☹」

 

 孝治と友美も清美に同調した。まさにふだんの荒生田ならば、逆襲される心配のない弱者を徹底的に痛めつけても、良心にまったく恥じないはずであるからだ。


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