『剣遊記[』 第三章 三枝子とひなワシ。 (10) そんな荒生田先輩に、周囲は奇異の目線を向けていた。しかし当の荒生田は、気色の悪い笑みを周囲に浮かべ返すだけだった。
「ふふん♡」
それから妙なしたり顔となり、ようやくその真意らしい発言をしてくれた。
「いや、オレかてたまには、非暴力な気になるってだけの話っちゃよ☻ そん代わり、こいつらには自分で自首してもらうっちゃけ✌」
「自首ぅ? どぎゃんしてそげんこつさせる気ばいね?」
なにか不可解なモノを見るような目付きで、清美が荒生田に問い返した。それも当然。自分たちは現在、フェニックス探しの最中である。だからこれ以上、面倒な密猟者ごときに付き合ってはいられないのだ。
だけどそうかと言って、こいつらが殊勝にも、自分から衛兵隊に足を差し向けるとも思えなかった。事実、捕まった失敗はただの災難。それよりもとんだ迷惑とばかり、連中が騒ぎ始めていた。
「わっどみゃあ、いつまで俺たちば縛っちょう気ねぇ! いい加減離さんねぇ!」
「あとでエレえ目ば見んしゃるばいよぉ!」
こんな連中の罵詈雑言など、無視をすれば良いだけの話。しかし、始末に困ること、このうえない。
このような状況を認識してか、しないでか。荒生田が自分の右横に控える裕志に顔を向け、ひと言指示を出した。
「おい、例の術ばかけんしゃい☞」
「はい♡ 先輩♡」
さすが長年に渡って先輩後輩を勤めている間柄(?)だけあって、荒生田と裕志は、まさにツーカーの仲。裕志はすぐに先輩の意を察したらしい。縛られている三人の前に立ち、右手を差し向けて呪文を唱え始めた。
「あれ、なんの魔術かわかるっちゃね?」
裕志の行動をジッと瞳で追っていた孝治は、自分の左横にいる友美に尋ねてみた。すぐに友美は、小声で答えてくれた。
「あれは相手の深層心理に仕掛けばする魔術っちゃね☛ やけんすぐに効果が出るっち思うわ♋」
友美が解説をしてくれているうちに、どうやら呪文が終了した模様。ひと息吐いて、裕志が言った。三人の密猟者どもに向けて。
「グルグル巻きんまんまで悪かとですが、あなたたちはこのままで山から下りていただきますけ☺ そして自分たちで衛兵隊の砦に出頭して、罪状ば洗いざらい白状することになりますんで、あとばよろしく✌」
「はん! なん馬鹿んごつ言いよっとや!」
男のひとりが、鼻で笑い返したとたんだった。突如三人そろって、この場からスクッと立ち上がった。このときはまだ、三人の両足も縛られていたのだが。
「はれ?」
ところがそのまま、下山へと通じる山道を、麓の村方面目指して駆け下りだした。しかもいつの間にやら、足を縛っている荒縄だけが、スルリと地面に落ちていた。上半身は雁字搦めに縛られていても、三人とも両足は自由となったわけである。だから歩行そのものに差し支えは、まるでなし。ちなみにあとで裕志から聞いた話。裕志は先の魔術をかけ終わったあと、すぐに次の荒縄ほどきの術もかけたと言う。
「裕志っちけっこう、魔術が上達しとったっちゃねぇ♋」
孝治はちょっとだけ、裕志を見直した。それはそうとして、密猟者たちである。
「お、おい! これってなんねぇ!」
「こらぁ! ぬしらぁ走らんちゃよかぁ!」
「俺やなかばい! 足が勝手に動きよんばぁーーい!」
実際、三人の両足は持ち主の意思に完全に反しているようで、足取りも軽く疾走を続けていた。
やがて、そいつらの無様な格好が、森の奥へと消えていく。
「ゆおーーっし! これでよか! あとは地元ん衛兵隊に任せときゃよかばいねぇ☆☆☆」
これにてひと仕事が済んだとばかりに荒生田が(けっきょくは裕志に全部やらせていただけ)、偉そうに鼻を天狗にしていた。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |