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『剣遊記[』

第三章 三枝子とひなワシ。

     (3)

「あっ! あれはっちゃね! それもすっごく大きいっちゃねぇ☝」

 

 裕志が珍しい鳥を見て感激したのか、左手の人差し指で指して追いかけながら喜んでいた。

 

「こん辺りは鷲の生息地みたいやねぇ✍ たぶんあの大きさから見て、あれは間違いのうイヌワシばいね☝」

 

 三枝子は鳥類についても、けっこう博学があるようだった。高空を飛ぶイヌワシを右手の人差し指でやはり追いながら、誰からも訊かれていないのに、孝治たちに向けて蘊蓄を始める熱の入れようであるから。

 

「イヌワシはようこげな高山に棲んじょるとですよ✍ なにしろ天敵がおらんで安全なもんやから✌ それによう見たらあの鷲、野ウサギば捕まえとうごとありますねぇ☛ きっとこん近くに巣があるんばい☺ そうでなきゃ、捕まえた獲物ば、そん場で食べちゃうはずやけ✍」

 

「野ウサギば食べるっちゃねぇ……なんか残酷やねぇ♋」

 

「確かに残酷ばってん、それもしょーがなかですよ☹」

 

 小心者である裕志の、真っ正直なセリフであった。しかし三枝子はこれに、特にムキになるわけでもなかった。とにかく素直かつ感慨深そうに、裕志に言葉を返していた。

 

「あの野ウサギば食べんと、鷲のほうが死んでしまうとですから☹ やけんウサギば可哀想に思うんも当たり前やけど、それば言うたらあたしたちかて、なんも食べることができんとやけ☢」

 

「そりゃわかるばい☻ あたいかて肉とか魚ば食うのが好きやけねぇ♡ ばってん、いちいちそいつらに悪かねぇ〜なんち、思いよらんばい☻」

 

 かなり波長が異なっているようだが、清美も三枝子に同調した。旅を伴にして以来、ふたりはすっかり意気投合――といえるのかどうかは、まだまだ定かではないけれど。

 

 そんなこんなで、みんながワイワイしている間にも、やはりイヌワシを目で追っていたらしい。徳力が自分の立っている場所から南東の方角にある断崖を、右手で指差した。

 

「見てくんしゃい☞ あの鷲はあそこに巣があるみたいですばい☝」

 

「ほんとやぁ☆」

 

 孝治も同じ方向に瞳を向けた。遠目ではっきりとは見えにくいが、そこには確かに、崖の中腹に小枝を積み重ねた、イヌワシ独特の巣が作られていた。

 

「ほんなこつこげん近い所に巣があったんやねぇ☞ これやとあたしたちんほうが近づき過ぎちゃったみたいばい♋」

 

 まさに本心からの鳥好きらしい三枝子が感激をしている右横で、友美がさらに東の方向を右手で指差した。

 

「あっ! もう一羽おるっちゃよ!」

 

 それは巣に下り立ったイヌワシと、まったく同じ鳥の影だった。すぐに三枝子も、もう一羽に気がついた。

 

「あの鷲はきっと夫婦なんばい✍ イヌワシは雄と雌が協力して子育てするけ、きっとそうなんだわ✎ さっ、あたしたちは鷲の邪魔にならんよう、こっからさっさと離れましょ✈」

 

「そうっちゃね☺」

 

 孝治も三枝子の勧めに賛同した。なにしろ今回の旅の目的はフェニックスなので、イヌワシの夫婦は一切関係しないからだ。だから人の世界のゴタゴタには巻き込まないよう、三枝子が清美や孝治たちの背中を押す格好で、そっとこの場から立ち去るようにした。

 

 しかし三枝子の思いは、悲しくも無残に踏みにじられる結果となった。

 

 イヌワシの平和は、長く続かなかったのだ。


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