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『剣遊記[』

第三章 三枝子とひなワシ。

     (2)

「ほう、あんましけわしい山っちゅうわけやなさそうばいねぇ☻」

 

 清美が見たまんまの感想。そのとおり、根子岳は地図上では標高でしか表わされていないが、見た目はけっこうなだらかな感じで、いかにも登山が容易そうな山のようだった。

 

 もちろん多少の絶壁も見受けられるようだが、それさえも避けて登山を行なえば大した障害にもならないように、孝治には感じられた。

 

「こげなんやったら、楽に行けそうっちゃねぇ♡」

 

 これについて徳力が、補足説明をしてくれた。やはり熊本県が、自分と清美の地元であるからだろう。

 

「そりゃそうですばい☆ この辺りは阿蘇の大カルデラのド真ん中やけん✍ あれも一種の火山やし、富士山によう似た、一種の山なんですから✎」

 

(あんまし説明らしか説明にもなっとらんばい☻)

 

 孝治はふふんと聞き流したが、清美は黙ってはいなかった。

 

「生意気言うんやなか! あたいかてそんくれえ知っとんのやけぇ!」

 

 このような清美と徳力の小芝居は脇に置く。それよりも根子岳を眼前にした三枝子が、感極まっているような面持ちで、一行の先頭に歩み出た。

 

「あの山にフェニックスが棲んじょうばいね……お母さん、もうすぐやけね☺」

 

 これが演劇であったなら、恥ずかしくて耳をふさぎたくなる場面であろう。しかし彼女には現実に、病気の母がいる。だから今の三枝子のセリフは、うしろで聞いている者たちの胸に熱い決意をたぎらせる導火線として、あまりにも充分すぎるほどの効果があった。

 

 孝治は胸に浮かび上がった気持ちそのままにつぶやいた。

 

「こりゃ三枝子さんのために、なんとしたかてフェニックスと会うのば成功させんといけんちゃねぇ☞」

 

「ゆおーーっし! では問題なんやけど、あの山のどこにフェニックスがおるかっちゅうことやな☝」

 

 そんな熱くなっている一行に水を差すわけでもないだろうけど、荒生田が当面の現実問題に触れ直した(ふだん変態の先輩でも、たまには真面目なセリフを言う)。

 

 そのときだった。一行の頭上遥か上、驚くほど大きな翼を広げた鳥が、さっそうと青い空を舞っていた。


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